「長い間。ありがとうございました。」
大きな花束を貰い腕の中にいれたままふかぶかと頭を下げた。思ったよりも経過が順調で・・。というわけではなかったが、毎日何十人も来客がありのんびり休んでいる暇はなさそうなので、早めに退院許可を貰っただけに過ぎない。主治医も、まだなんだがなぁ・・。と首を傾げつつも仕方ないとばかりに許可をくれた。友達になってくれた子供らの何人かは先に退院していったが、残る子供らは口を尖らせ、涙を流す。
「もっと絵を描いて欲しかったなぁ・・。」
目を擦りながら呟く子供。その頭を撫でてやりながら、今度は自分で描いてごらん。そう告げた。十冊を超えた落書き張の絵は早田さんがその胸に抱きしめている。彼女の目にもうっすらと涙が溢れていた。
「これ・・。頂いてもよろしいですか?」
「え・・あ・・。そんなもので良ければ。」
「院内に飾らせてもらっても・・?」
「恥ずかしいから止めてくださいよ。」
彼女は少しゆっくりと首を振った。」
「また来て下さいね。何て・・。ここでは言えないけど・・・。」
「そりゃ・・。病院ですからねぇ・・。あんまり何度も来たい場所ではないですよ。今まで、ありがとう。」
軽い会釈をし待たせてあるタクシーに向かうと後ろから服を掴まれた。
「そのままで聞いてください。」
早田さんの声だ。
「私・・。あなたのことが好きです。」
「・・・・・。ありがとう。」僕は・・。その思いに答えてあげられそうもないよ。」
「はい・・。」
掴まれていた服が解かれ、僕はそのままタクシーの後部座席に座った。窓を開け、彼女を見やる。彼女はにっこりと無理やり微笑み、告白できて良かった。・・そう、泣いた。僕はなんとなく気まずい思いを振り払うように軽く手を振ると運転手に会社名を告げ窓を閉めた。20分ほど、ぼんやりしていただろうか。車は止まり、運転手が振り向く。何か言ったのだが聞いていなかった。窓の外を見ると、そこはすでに会社の玄関前。案外近いんだな。そんな事を思いながらぼろぼろのスーツの上着から障害者手帳とクレジットカードを出した。それらを受け取り、貰った花束を持って車を降りる。車が走り出すのを見送りながら、会社の中に入った。編集部は四階にあり、のんびり階段を上がるが殆どの人がエレベーターを使うので行き交う人もない。時計がないので今何時かも分からないが、四階に付くと何も変わらない風景が広がり、なんだか安堵した。フォト&カード編集部。そう札のある、空きっぱなしの入り口をくぐると何か少し新しくなったような匂いがした。
「編集長??」
千葉君がいち早く気づき声をあげる。
「やあ。おはよう。」
「いつ退院なさったんですか?」
「うん。今。」
「もう大丈夫なんですかー?」
ごたごたと質問攻めにあいながらデスクにつくと、真新しいパソコンの前に山になる書類。駆け寄る和田さんに花束を渡しつつ、椅子に腰掛けた。
「貰ったんだ。あげるよ。君が一番大変だったね。」
「・・いえ。お帰りなさい。編集長。」
「ただいま。で、早速なんだけど・・。どうなってるの?」
二ヶ月半。その長い休暇は山積みの仕事とともに、部署内の士気も上がっていたようだ。
「編集長、スーツはあのときのままなんですか?」
「うん。家に帰らないまま来たからね。ぼろぼろだ。まあ、暑いから穴があいてて涼しげでしょ?」
「御冗談を。伝言を千件あまり承っていますが。」
「千件?」
「はい。社内で約六百。私では対処できませんでした。四百件は出版社などです。」
「・・・・・。急ぎのものから聞きましょーか・・。」
和田さんはA四判のファイル式ノートを広げると、一つずつ淡々と語ってくれた。
「ね、ノート貸してくれるかな。読み上げるの大変でしょ?」
「ですが・・。速記で書いてあります。」
「スタンダード?カスタマイズじゃ・・分からないけどね。」
彼女からノートを受け取りその文字を目で追う。几帳面な綺麗な字だ。性格が出ているな。
「何とか読めそうだよ。分からなかったら聞くから、よろしく。」
ページをめくり、緊急を要するようなものを見つけ出してはデスクの電話の受話器を持った。
「お?高塚いるじゃんか。」
「ん・・。ああ。豊田。悪かったな。心配・・。って、お前がする分けないか。」
「馬鹿言え。心配で心配で夜も眠れなかったぞ。ずっと枕を濡らして・・。」
泣き真似までする同期の彼と軽く笑いながら、背中を叩かれ咽た。
「イテ・・。」
「お、おい。大丈夫か?」
「ああ。リハビリが少し足りないんだ。寝てばかりいたから、無い筋肉がまた無くなってね。」
「そりゃ、ベッドワークでもしなきゃな。」
「お前とか?」
「おお。張り切って!!って、んでな。」
馬鹿話をしつつ、本題は深刻だった。あの、嫌がらせがエスカレートしてる。ということ・・。気をつけろ。軽く背中を叩き、豊田は後ろ手に手を振りつつ部屋を出て行く。犯人の見当は薄々分かっているが・・。
「編集長!!」
「はぁい。」
「二番です。」
「ハイハイ・・。二番っと・・。」
目白押しの仕事。追われるだけ追われ、休憩〜と告げて食堂に向かった。食堂は五階。会議室や、社長室もある。まあ、社長もお忙しく殆どいないけど・・ね。食堂前の自動販売機でタバコを一箱買い、フイルムを剥がしつつ食券を買う。カレーライスで・・いいや。
「多喜さーん。おねがい。」
「あらやだ。高塚さん、戻ってこられたんだねぇ。大丈夫かい?・・って、またカレー?」
70歳に手が届くおばあちゃん、多喜さんは食券を眺めて眉間にシワを寄せた。
「久しぶりなんだから、いいじゃない?僕は多喜さんのカレーが好きだから。」
「あら、いやだぁ。でも、元気で何よりだよ。待ってな、運んであげるから。」
「じゃあ、甘えちゃおうかな?ありがとう。多喜さん。」
いつもの席に座り、煙草をくわえて火をつけた。病院の匂いがしない分、美味い。窓の外を眺めると、真夏の日差しが陽炎を生むかのようだった。空調の行き届いた会社の中だから暑さも感じないけど・・。和田君の貸してくれたノートをめくり、ペンでチェックを入れていると多喜さんがカレーを運んできてくれた。
「帰ってきたかと思えば、また仕事の虫かい?」
「ははは。やらなきゃ終わらないしねー。」
「終わりがあるのかい?」
「あれば会社が潰れちゃうよ。」
「あんたも、苦労性だねぇ。伸び放題の髪くらい切ってから来れば良かったのに。上等なスーツもぼろぼろ。」
「ああ・・。本当だ。髪、伸びたなぁ・・。」
おやまあ・・。多喜さんは呆れた様に言い放って戻っていった。右手でスプーンを握り、左手でペンを走らせて目は文字を読む。租借の回数も、カレーの味すらも良く分からないままなんとなく食事をして、水を飲んでタバコに手を伸ばす。スプーンからタバコに変わった右手だが、ナガラ行動は身にならず・・。
「あっいたっ。高塚編集長っ。」
「はいな・・。」
「営業部長が呼んでます。」
「あー、はいはい・・。」
火はとっくに消えてしまっていた煙草を灰皿に捨て、食器を返却口に片付け・・。あれやこれやと追われているうちに、外の景色は真っ暗。空調も止まり、暑さで窓を開け・・。
「泰生。」
窓枠に腕をついていた後ろから、細い腕が伸びて体に絡みついた。背中にぴったりと頭が触れる。
「お見舞いに行ったら、居ないんだもん。担当の看護婦さんは何で泣き腫らしたような顔をしていたの?」
「さぁ・・。」
「君の悪い癖だよ。みんなに甘い顔するんだから・・。」
「他に誰にしたの?」
「営業のひろちゃん。広告の睦ちゃんに、人事の洋子ちゃん。真紀ちゃん。咲ちゃん、紗枝ちゃん、ちづるちゃん。それから・・。」
「ナツキさん。」
「・・そうね。」
「僕はナツキさんだけだけどなあ・・。」
腰に回る手に少し力が入った。
「ねぇ、振り向いていい?」
「駄目。」
「どうして?」
「だって、・・キスするじゃない。」
「嫌いだった?」
「・・・・。そんなこと・・無いけど。」
細い手を解き、ゆっくりと振り向く。俯き、垂れた長い髪に触れる。
「ねぇ、私たち・・友達?」
「・・それ以上に、昇格させてくれるつもり・・無いくせに。」
「何で決め付けるのよ!!」
僕をキッと睨みつけ、彼女は叫んだ。
「意気地なし!!臆病者っ。一言・・ひとこと言ってくれれば・・。」
「決まってる思いに、入り込めるわけ無いじゃないか。僕は君を抱くことが出来るだけ幸せ。」
「・・ただの・・セックスフレンド・・・?」
「君がそうならね。・・触れたいけど、いい?」
手を伸ばすと、簡単に触れられた。抱き寄せればちゃんとしがみ付いてくれる。
「結婚式ね・・・。10月になりそうなの。」
「そう。」
「ドレス・・。選んでるのよ。」
「うん・・。綺麗だろうね。」
「おばさんでも?」
「僕にとっては二つ違いのお姉さん。」
彼女は僕の胸の中、クスリと笑った。
「根に持ってたんだ。」
「そりゃ、ちょっとはね・・。」
「ナツキさんはずっと・・綺麗だよ。」
お互いの体を少し離して、僕は彼女と唇を合わせた。
「・・まだ、仕事したい?」
「するなといわれれば止めるよ。」
「もう、会社に誰も居ないの。」
「じゃあ、カメラの無い部屋に僕を誘い入れてくれる?目隠しするから僕の手を引いてよ。」
彼女は僕のオンボロネクタイを外し、子供のように笑いながら僕の目を隠した。ゆっくり手を引かれ、パチン・・・と部屋の明かりを消す音が無音の中に響く。階段を上がり、重い扉の開く音がして招き入れられ・・。柔らかい椅子に座らせられて、カーテンを閉める音が聞こえる。彼女のヒールの音も少なく、カギがかけられる音が響いて・・・。明かりがともされた。
「外していい?」
「・・まだ。」
服の擦れる音・・。僕は背広を脱がされ、ベルトを引きぬかれた。
「ねえ、まだ?」
「まだ・・よ。」
ズボンのボタンが解かれた。ファスナーが開いていく。
「ねぇ、ナツキさん・・。」
細くしなやかな指に一物を外に出され、ふうっと息を吹きかけられた。ぬるりとした温かい場所に吸いこまれて滑らかなものが絡み付く。見えない分、敏感になる。先っぽを転がされたり、ゆーっくりと舐め上げられたり・・。ハア・・と熱い息遣いが聞こえる。
「ナツキさん、僕は・・・。」
「だ・・め・・。」
一物に柔らかくキスされた。見えないけれど、自分の体の一部だ。それはもう高く競り上がっている。
「久しぶりなんだからさ。出ちゃうよ・・。」
「もう?」
「目隠し・・外していい?」
「駄目。」
「じゃあ、ゴムつけて僕を中に入れてよ。」
「つけてあげない。」
スッスッと僕を擦りあげ、僕もだんだん息が荒くなる。チュッ・・チュッ・・。そんな音や刺激が興奮する。
「じっとしていなさいよ。」
彼女はそういうと、座ったままの僕の上に上り・・。
「ふ・・あ・・っ・・あんっ・・。」
しがみ付き、耳元で囁かれる声。中に閉じ込められていく生の感触。時折きゅっと締め付けられ僕も息が漏れた。中に奥まで包まれて・・。ようやく目隠しを外された。蛍光灯の明かりが眩しい・・。
「動いちゃ・・。いやよ。」
耳元に熱い吐息。透けるような肌。薄い色のブラジャーだけが彼女の体を包んでいる。僕にしがみ付く彼女をゆっくりと離して距離を保ち、肩から紐を外した。彼女からのキス・・。何度も何度も吸いあい、舌を絡めあい・・。僕は彼女のブラジャーをずり下ろしてその露になった乳房に触れた。色の違うであろう突起物を摘み、彼女が身を捩る。下半身はその度に締め付けられた。
「泰生・・。」
両手で頬を包まれる。少し腰を動かすと、彼女はすぐに僕の体にしがみ付いた。
「駄目・・。嫌だってば・・。」
「繋がりトンボは・・キツイなぁ・・。」
しがみ付く彼女の体を支え、僕が彼女から抜けないようにしながら立ち上がると彼女の足は僕の体に回る。ゆっくりと彼女を床に寝かせ・・。
「中で・・いいわ。」
耳元で囁かれ、僕は彼女の中で暴れた。深く、浅く。纏わりつく肉の中、徐々に奥へ奥へと入り込む。背中に回された腕。二の腕の柔らかい部分に吸いつき、乳房を舐めて突起を吸って・・軽く歯を当てて。
「あっあっ・・。」
自然に漏れていく声。もっと喘がせたい。触れられる場所すべを弄り、背中につめを食いこみさせて・・。彼女の一番、一番奥。僕を受け入れてくれる最高の場所に到達し、僕の体から沸き起こるものを強く一気に出した。彼女の体は痙攣するようにヒクついた後・・力が抜けていく。僕は彼女から抜け出た。一物にこびりつく体液。それが彼女の極みから溢れ、太ももを伝って降りていく。力の抜けた彼女の唇を塞ぎ、乳房を揉んだ。もう一方の手で彼女の中に滑り込み・・指の腹で弄る。僕のと彼女のが交じり合う濃密な部屋。指では物足りないような空間。
「焦らしたんだから・・もっといいよね・・。」
「熱、出るわよ。」
「出たら介抱して。」
「嫌よ。」
クスリと笑う口元・・。火照る肌。汗が滲む・・体。一つ、水滴が乳房を流れていく。もっと、君を犯したい。壊して・・しまいたい。あいつの元に帰させたく・・無いよ。
「泰生。私を征服してるくせに、泣きそうな顔してる・・。」
床に寝ていた体をゆっくりと起こし、彼女は僕を抱き寄せた。
「どうして・・。選んだの?何で決めてしまった・・んだよ・・・。」
「ん・・?どうして・・か・・。そうね、泰生に無いものを持ってるの。それが心地いい・・かな。」
「そう・・。」
彼女の肌に。見える場所に・・。隠せない場所に。印をつけたかった。見せ付けたい。選んだ・・男に。掌を拳に変え強く握り締めたが、彼女に解かれた。
「掌のシワ、一つ増えたみたいね。」
「・・ん・・。」
「傷、治って良かったわ。」
チュッ・・。彼女は僕の頬にキスをすると、すっと立ち上がって脱ぎ捨てた服を拾い集めた。
「ねえ、終わり?」
「うん。彼、会社の玄関で待ってるの。そろそろ行かないと・・ね。」
彼女は・・躊躇うことなく服を着て乱れた髪を整えた。僕も一物をしまい、立ち上がる。
「行くわね。」
彼女は扉のカギを開けると、悪戯っぽく笑って明かりを消し闇の中消えてしまった。欲しいものは・・逃げていくよ。捕まえておけないこの手を握り、ただ溜息が漏れた。