別々にシャワーを浴び、彼が着替えている間に僕はキッチンに立った。タバコをくわえたまま、冷蔵庫のドアを開けると、中身は空っぽに近い。この頃忙しくて食料を買い出しにいっていない。ということに気がついたのは空の冷蔵庫内を眺めて暫くした後だった。
「文仁君。ごめん。食料が無い。」
「カップラーメンとかは?」
「・・買ったことない。出前とるか・・・。」
と、呟いたがそんなもの注文したこともない。浴衣に着替え、髪をタオルで拭く彼。艶やかな長い髪から滴がポタリと落ちた。
「コンビニとか近くにないのか?」
「あるけど、シャワー浴びたばかりだから風邪をひくよ。・・今、何時?」
「んー。八時二十分。」
朝。である。
「ねー。俺の荷物どこに置けばいい?」
「どこでもいいよ。好きに使ってくれればいい。」
しかし、今日は一体何日なんだろう・・。リビングに向かい、電話の受話器を取る。取り敢えず電話の時報を聞いた。機械音は告げた。12月10日。午前八時二十二分ちょうどをお知らせします。受話器を置き、電話の隣の卓上カレンダーを眺め、10日・・は、日曜日。出勤日は明日だ。なんだか無断欠勤しそうな勢いに胸を撫で下ろした。今日の予定とすれば、食料買い出しと・・ああ、そうそう。携帯電話買いに行かなきゃな。会社の人に電話しろって言っておいて電話は粉々に砕けてました。何て・・言い訳、通じるかなぁ・・。
「バルコニーに出ていい?」
「・・え?ああ・・いいよ。」
遠くで彼の声がする。家中を見て周り上機嫌な彼。僕は何だか疲れていた。それもそうだ。さっきまであんなに激しく・・・。思い出すのも恥ずかしい。僕はソファにごろりと横になり、腕を額のうえに乗せる。暫くしてバルコニーから戻ってきた彼は、僕の傍に座り込んだ。
「何、どうしたの?」
「なんか、すっごい家に住んでんだね。マンションって言うから、勝手にワンルームだと思ってたんだ。」
「ん・・?そう?」
「使ってない部屋あるしさ。」
「使っていいよ。」
「ベッドは?」
「取り敢えず僕の・・使って。あ、・・シーツ・・洗わなきゃ。」
のそりと体を起こし、背もたれに身を預ける。
「そのソファー、本皮?」
「さぁ・・。座り後こちで選んだからどうだろう。」
「テレビはないの?」
「ん。嫌いなんだ。」
「へー。じいちゃんもそうだったよ。」
取り止めのない事を言っては、何でも感心する彼。僕はまた、タバコを口にくわえた。・・ああ、スーツもとりに行かなきゃな・・。やらなきゃならないことをぽつぽつと思い出し、僕はリビングを出て洗面所に向かった。洗面台の棚に置いてあるドライヤーを手にし、スイッチを入れる。適当に髪を乾かしてくしを通した。クローゼットに向かい、ろくにない私服を着こむ。寝室に戻り、シーツを手に洗面所にある洗濯機に突っ込んで洗剤を入れてスイッチを押した。文仁君は何をしているのだろう・・。リビングに行っても彼の姿はなく、バルコニーにも居ない。キッチンの奥に一部屋あるが、丸きり使っていない部屋で・・。ああ。そうか。使っていない部屋を勝手に使えと僕が言ったんだ。掃除もしてないんだよ・・ね・・。恐る恐るドアをノックし、戸を開けた。彼、文仁君はその部屋にいたが、部屋のど真ん中で大の字になって寝転がっている。フローリングなので冷たいだろう・・。
「何しているの?僕は買い物に行くけど、どうする?」
「行く行く。ついてく。」
彼はポンッと置きあがった。
「棚とか、考えてた。俺所持金少ないからホームセンター行こう。」
「どうせ買うならいいものを買ったら?」
「金ないってば。」
「別にいいよ。僕、金はあるけど使う場所も時間もなくて余ってるから。」
「・・言ってみてぇー。ぜーたくー。」
「本当だし・・。」
「金持ちだなぁ。この家持ち家?ローンとかは?」
「持ち家だよ。でも、即金で払っちゃったからローンは無し。」
「いくらだったんだよ。」
「八千万・・ちょっとかな。」
彼は口を開けたまま、呆然と僕を見つめた。
「行くなら着替えて。ご飯は外で摂ろう。」
「ん・・・うん。」
彼は数回頷いた後、持って来た鞄から着物を取り出した。僕はリビングに戻り、鞄から財布と壊れた携帯を出し机に置いた。携帯電話を買うときって、印鑑と身分証明書が要るんだっけ・・か。昔のことで忘れちゃったなぁ・・。取り敢えず思ったものを外出用の鞄に入れた。文仁君は生地の良い着物に身を包み、髪をゆるく縛って前に垂らす。
「車で行こうよ。」
「・・電車がいいな・・。」
「何で?駐車場とかなら、俺何度も東京来てるから知ってるけど?」
「あの車・・煩いし・・。君の運転荒いんだもの・・。」
彼は口を尖らせていたが、暫くすると頷いた。
「分かった。カーショップに行くよ。爆音小さくすればいいんだろ?運転は大人しくするからさ。」
「・・本当?」
「ああ。男に二言は無い!!」
妙な自信か、彼はガッツポーズを決めてくれた。僕は仕方なく承諾し、家を出る。
「あ、・・そうだ。登録しなきゃね。」
「え?何を?」
「指紋。外出したら戻れなくなるのは嫌だろう?ここに指当てて。」
指紋ロックの設定をし、彼はパネルに右手の人差し指を当てた。
「こう?」
「うん。その小さなカメラをみててね。虹彩も記録するらしいから。」
彼はカメラを睨むように眺めた。暫くすると機械音で、登録しました。と流れる。
「そっちの番号は無いのか?」
「うん。面倒でね。このマンション、登録者意外は侵入できないようになってるから。」
「俺入れたよ?」
「同伴だっただろ?客は一応、ロビーの登録をするんだ。」
「面倒・・。」
「防犯には役に立つよ。」
廊下を歩き、エレベーターに乗込んで地下に行き、彼の車に乗込んだ。さすがに、彼の運転は穏やかになった。彼は一番最初にカーショップに行くと、軽く店員と話をして戻ってきた。
「一時間くらいかかるってさ。そこで飯食おうよ。」
そこで。そう指差す店はファーストフードチェーン店。
「いや?」
「ん・・。別にいいけど。僕現金持ってないよ?」
「俺・・。あ。じいちゃんの金返すの忘れた。いいや、これで。」
いいのか・・悪いのか。彼は財布を眺め、僕を車から下ろした。店員が彼の代わりに車に乗込むと車はそのままガレージに入っていく。ファーストフード店に入り、なんとなく珈琲とスタンダードなハンバーガーを頼んだ。席に座るまもなく品物を渡され、開いている席に腰を下ろす。どうも昔から、この手の店は苦手だ。僕の前に座る彼はぱくりとストローをくわえた。
「これからどこ行く?」
「ん?携帯電話を買いに。それと、スーツを取りに行かなきゃいけなくて・・食料も買わなきゃ。そうだ、棚、どこで買おう。」
「棚なんかどこでもいいよ。カラーボックスみたいのあればいいんだしさ。携帯はどこでもいいの?」
「えっと・・。」
鞄から壊れた携帯を出し、彼に渡した。彼はそれを見ると、数回頷いて返してくれた。
「了解。しかし、派手に壊したねー。」
「は・・ははは。」
僕は苦笑いをしつつ、珈琲を口に運んだ。ハンバーガーを食べつつ、スーツを買った店の名前と住所を言う。
「あんな高いとこで買ったのか?」
「高いかどうかは分からないけど、いつもそこだよ。選んだりする面倒が無くていいんだ。」
「はーあー。どうも高塚さんって金銭感覚おかしいよ。前は違ったんだろ?」
「・・・・。たぶん。」
彼はふと、僕と目を会わせて軽く逸らした。多分、先生から僕の過去の話でも聞いているのだろう。事情を知ってくれていると気が楽なような・・そうでもないような。
「文仁君はどこか行きたいところは無いのか?」
「ん?俺は・・。別に無いかなぁ。」
空を見ながらストローをくわえる彼。食事を済ませ、僕らは外に出た。カーショップに戻り、灰皿が設置されている場所で一服し。何かを待っている一時間という時間は長いように感じた。車が仕上がり、部品は買い取ってもらった。などと彼は言うが工賃というものはどうなっているのか。僕には良く分からないが、彼はにこやかに微笑んで車に乗込んだ。
「支払いは?」
「部品代でまかなっちゃったよ。これで棚買える。」
「ふーん・・。」
良く分からないまま車は走り、ぼんやりとしていると車は駐車場に入っていった。言われるまま車を降り、街を歩く。人通りの激しい道を歩くのには慣れているが、彼の方が慣れているらしくすいすいと歩いていく。前を歩いていたはずの彼がふと居なくなった。どこに行ったのだろう。と歩みを緩めると突然腕を掴まれ引っ張られた。
「こっちだよ。こっち。この地下。電話買うんだろ?」
「んあ・・ああ。うん。」
突然のことで驚いている暇も無く、彼は僕の腕を掴んだまま地下へと続く階段を降りていった。何年振りか。携帯電話が並ぶ店につき、どれをどう選んだら言いか分からない。
「なあ、文仁君。丈夫なヤツってどれ?」
「衝撃に強いのはこれか、これ。」
「じゃあ、それでいいよ。」
「機能とか見ないのか?」
「使えたためしがない。電話がかけられればいいんだ。」
「電話だから、どれでも出来るよ。あ、これいいなぁ。」
彼は店中を歩いてショッピングというものを楽しんでいた。僕は、あんまり好きじゃないのだが彼がいいなら・・いいか。
「高塚さん。俺にも買って?」
そう、一台の携帯電話を僕に見せる彼。
「いいよ。」
「え?いいの?冗談のつもりだったんだけど・・。本当?」
「ああ。書類とか書いてくれれば。」
「うん。書く書く。高塚さんは、これの・・色は見えないんだっけか・・。」
「何でもいいよ。選んで。」
彼はにこにこしながら携帯を持ち、カウンターに座った。彼は振り向いて手招きして僕を呼ぶ。
「何?」
「支払いとかってどうするかって。」
「カード使える?」
「勿論。番号とか、書いてよ。」
出された書類は線の色が薄く、とても読みにくいものだった。身分証明書といわれ、障害者手帳を渡す。
「ごめん。字が薄くて読めない。」
「ん、読むよ。」
読んでもらったものに答え、書き記してもらった。壊れた携帯を渡し、そっちは解約になる。
「番号変わっちゃうけど、いいの?」
「別に支障ないよ。」
・・どうせ、怒られるだけだから・・・・・。明日、会社に行きにくい気分になりながら、新しい携帯は手元に渡された。また、街を歩きスーツを頼んだ店に入る。落ち着きのいい雰囲気に和みながらカウンターに居る店員に手を上げた。
「高塚様。お待ちしておりました。こちらにご用意致しましたが、ご確認下さい。」
案内されるまま部屋の奥に入る。文仁君は何か落ち着かないのかきょろきょろと辺りを見まわして目を丸くさせていた。
「高塚さんって・・ビップ待遇?」
「さぁ。ここにくるといつもそうだけど。」
広い個室に案内され、僕はいつものように設置されているソファに座った。女性店員が珈琲を運んできて机に置く。
「高塚様、あちらの方には何をお持ちしましょうか。」
「ん・・。文仁君。何か飲む?」
「え・・・。えっと、高塚さんとおんなじもので・・。」
「かしこまりました。」
彼女は軽く頭を下げて戻っていった。
「座りなよ。」
「だってさぁ・・。なんか俺、落ち着かなくって。」
「そう?座れば落ち着くかもしれないよ。」
僕はソファをぽんぽんと叩いた。彼は携帯電話の入る箱を二つ手にしながら、挙動不審のままで座る。ソファの沈み具合に驚き立ちあがるとまた座った。僕は煙草を出して口にくわえる。女性がまた、珈琲を運んできて文仁君の前に置いた。
「素敵なお召し物ですね。」
にこりと微笑み、文仁君の服を誉める女性店員。彼は引きつった顔で愛想笑いをした。
「き・・着物、珍しい・・?」
「いいえ。でも、お若い方が来ていらっしゃるのは珍しいですね。とても、お似合いです。」
「は・・はあ・・。」
会話がなっているような、そうでないような。思わず吹き出すと彼はむっとした顔で僕を睨んだ。
「似合うって言われてるんだから、喜んだら?」
「どうやってだよ。ほとんど和服しか着たことないんだからわかんねーもん。」
「いいんだよ。」
煙草を飲み終わり、珈琲を口に運ぶ。暫くして三人の店員とここの店長がスーツを運びやってきて頭を下げた。
「高塚様、いつもご利用ありがとうございます。新作のデザインを用意致しました。」
「ねー。それっていくらぐらいするもの?」
文仁君の言葉に、店長は目を丸くして僕を見た。が、一拍沈黙を置き咳払いをする。
「いくらだよ。」
「平均、70万円でございます。」
「へ?高塚さん、いくつ買うつもり?」
「さぁ。あつらえてくれる分だけ。」
「着心地とかどうでもいいのか?」
「着られれば構わないよ。どっちかといえば、こう言うラフな服装のほうが着なれないから。」
僕が立ちあがると、三人の女性店員がきてスーツの上着を着せてくれた。
「いかがですか?」
「重いね。」
「冬用なので、生地がすこし厚めになっています。」
「ああ。そうか・・。いいよ、こんなもんで。」
店長が請求書を僕に差し出そうとするが、文仁君はそれを取り上げてしげしげと眺めた。だんだんと彼の顔が引きつっていく・・。
「何で全部見ないで決められるんだよ。」
「この方達は僕の好みを知ってるから・・かな。」
ポカーン・・と口を開けたまま、彼は首を捻った。
「高塚様、ネクタイピンはいかがですか?」
「ん?」
「い・・要らないって。要らない。要らない。仕方ないからそれだけ買って帰ろう。」
文仁君にストップをかけられた女性は、静かに身を引いた。
「じゃあ、そうするよ。」
カードを出し、包装を待つ。
「いくらだったの?」
「350万くらい・・。なあ、ホント、高塚さんってさー。」
「滅多に買わないから。」
「じゃあ何でお得意様なわけ?」
「高額な買い物をするからだろ?それに、いつも忙しがって対応できてないし。ここに来たのだって久しぶりだよ。」
彼は大きく首を振った。荷物を貰い、ふかぶかと頭を下げられて店を出る。とりあえず駐車場にもどり荷物を車に入れると、彼はまた深くため息をついた。
「どうしたの?」
「食料は・・。高級じゃないよな・・。」
「どこでもいいよ。それより棚は?」
「・・俺が明日一人でいく・・。乗って。移動するよ。」
疲れて嫌になったのか、彼はヘキヘキしたような顔で運転していたが、あるスーパーの駐車場に車を止めると意気込みも新たに店に入っていった。彼は籠に、安いもの、安いものと呟きながら商品を入れていく。
「食べたいものを入れたら?」
「・・何食べたい・・?」
「刺身・・とか。」
何だか、気迫に押された。彼にカードを渡し、僕は店の外で一服のんで待つことにした。両手にビニール袋を持ち、ホクホク顔で戻る彼。
「どうだ!こんなに買って5780円!!」
「・・へ・・へぇ・・・。嬉しい・・?」
「嬉しい?って・・。ホント・・。おかしいよ。帰るよ!!」
「は、はい。」
何か彼は怒っている様だったが、価値観の違いは・・埋められるのだろうか。あのスーツの店は親の代からの付き合いだから。何て今更言っても・・無駄かなぁ・・。
「父が・・ね。会社の・・経営者でさ。」
「それが何?」
「・・その・・。もともと、僕はこう言う金銭感覚で・・。ね・・。」
「金持ちって・・わかんねー!!実家のじいちゃんたちもこんなだけどさ。俺、じいちゃんのとこに長く居たせいかなぁ。わっかんねーんだよなぁ。」
家に帰るまで、彼は終始首を捻っていた。