仕事部屋。壁両サイドが書物で覆い隠された6畳ほどの狭い空間。カーテンのかかる窓際に机が一つあり、その上のパソコンを立ち上げつつタバコをふかし、机に書類を開いた。それらを捲り唸りながらペンを走らせる。珈琲を飲み干す頃には一段落し、休憩のつもりで会社に送られた手紙の端を切った。
「月刊、フォト&カード編集部様。編集部長様。後書き。手記ですか、色の見えない方が綴ってくれていた最後の文章が好きでした。あの方は辞められてしまいましたか?」
そんなような手紙を何通か読み、アドレスが記されたものをまとめておいたものと重ねる。パソコンのメール機能を呼び出し、先に文章を書いた。
「わが社の雑誌を購読してくださったことを心から感謝致します。激励の手紙、ありがとうございました。月刊フォト&カードの編集長は代わりました。今は女性です。彼女も今、きっと頭を抱えて後書きの文章を考えていることでしょう。全ての皆様に心地よい文章をかく。その思いは伝わっているでしょうか。でも、そんなこと無理に決まってますよね。全ての人を不快にさせない言葉というのはとても無機質ですから。思いを伝えたい。分かってもらいたい。そんな思いが今の彼女は強過ぎるのかもしれません。伝えることはとても難しいものです。かつて、この僕もあがいていました。人は笑いますが、ただ笑うものを心地よいとは感じてくれませんよね。何で笑うのか。それはそれぞれ意思があり意味があり、行動として表れ、笑っている。そんなことすら忘れていたことを、今更悔いて笑っていたりします。どうか、彼女をを末永く見守ってやってください。いつか、心に届く言葉を綴る日が来ます。僕が出来ているとは言いませんけどね。不躾な文章になってしまい、申し訳ありません。僕は編集部とは少し離れた場所に籍を置き、支えていく立場になりました。まだまだ力不足です。至らない事ばかりです。でも、まあ。がんばってます。また、お手紙を頂けたら幸いです。(まだ手紙を読む仕事は続けているんですよ)応援してくださる皆様。短いですが、お礼の手紙・・。(メールは手紙ですよね?)にかえさせていただきます。元編集部長、高塚泰生。」
いつもながら、つたない文章を考え出しては書き直し、唸って紡ぐ。いい事ではないが、最後の最後には諦めてどうでも良くなって仕方無しに・・。頭を下げながら送信するのが常だった。編集部長手記も大体そんな感じで唸っていた。でも、そんなものをいいといってくれる人がいるのは嬉しい。反面、ごめんなさいと謝りたくなる。この頃、僕の手の中に入る手紙は区分されていてお礼の手紙のみが届くようになった。苦情などは会議にかれられ、報告されるだけ。だからといっては失礼だが、お礼のメールを書くようになった。取材出張が無くなったせいで毎日家に帰ってくるし、出勤時間が不規則な分仕事を増やしても支障は無いと思って始めたが、密かな反響があるらしい。手紙の数が倍増した。今更止められず・・。珈琲カップに手を伸ばすが、空だった。代わりにタバコに火をつける。手紙を読む休憩を止め、また書類に目を通した。
「高塚さん、おかわりいる?」
ノックがして文仁君がドアの外で聞いた。僕は椅子から腰をあげ、ドアに近づいてそのドアを開けた。眠そうな彼が珈琲ポットを手に僕を見上げた。
「ありがとう。ちょうど欲しかったんだ。」
「良かった。お姉さん、やっと寝たよ。ほんと高塚さんを良く見てたんだね。」
僕は彼を招き入れドアを閉めた。文仁君は空いたカップに暖かい珈琲を注いでくれる。
「どうして?」
「だって、ずーっと高塚さんの話ばっかり。とし君との馴れ初めとか聞きたかったのにさ。」
「楽しくなかった?」
「楽しく・・うーん。高塚さんの昔が見えた気がしたよ。あれ、パソコンのメールは打てるんだ。」
彼はじっとメールの文章を眺めて、微かに笑った。
「俺も好きだったよ。全部立ち読みだったんだけど、一番始めに読んだんだ。柔らかくって優しい人なんだなーって思ってた。」
彼は僕に珈琲カップを渡し、椅子に腰掛ける。僕はそのカップを口に運んだ。
「最初さ、高塚さんが着たとき思ったのはね。何て心細そうで儚くて、あの文章通りのイメージと全然違ってて。がっかりしたよ。でもさ、じいちゃんと話している高塚さんは力強くてちょっと怖くて。やっぱり想像と違って。もっともっと笑う人だと思ってたからやっぱりがっかりしてさ。じいちゃんにあの話を聞いて・・・。」
黙る彼は唇を噛み締める。唾液を飲みこみ、喉仏が上下した。
「おねーさんは知らないんだね。何で話さなかったんだよ。」
「話せば、現実として受け止めてしまったことになりそうだったから。恐かったんだね。話して、戻ってくる時間でもなかったし・・。その頃は同情されるのが大嫌いだったからかな。」
「今は?」
「今も、いい気分はしないよ。」
「うん・・。」
「文仁君から見た、今の僕はどう?やっぱり頼りない?」
「うーん・・。ちょっとね。」
僕は苦笑した。灰皿に煙草の灰を落とし、机にカップを置く。
「でも、ズルイよね。」
「何が?」
「俺の見たことない高塚さんを見てるんだもん。俺さー。嫉妬深いのかな。高塚さんがおねーさんと嘘のキスしようとして苛々した。」
「ふーん・・。ねえ、文仁君は僕のどこにひかれた?」
彼は珈琲ポットを机に置くと、椅子から立ちあがって僕の前に立った。じっと僕を見上げる。僕は彼を見下ろし答えを待つ。
「夢を持つ強い心。」
「夢・・?」
「単色で、朝日か夕日か分かる絵が描きたいって言っただろ?俺、そんな絵見たことない。そんなでか過ぎるようなこと言ってのけた男、二番目なんだ。」
「一番は先生・・かな。」
「うん。出来ないまま死んじゃったけどね。俺も描いてみたい。」
「・・描けるよ。君は圭二三代目だから。」
見詰め合い、僕は彼の頬に手をあて・・。彼の腰に手を添えてゆっくりと引き寄せた。彼の手が僕の胸にあてがわれ、軽く伏せられる目を見ながら唇を合わせる。柔らかく食み、求めるように吸うと僕の胸にある手は小刻みに揺れるように力が入れられた。
「そんなキスされると・・立っちゃうよ。キス、上手いんだよな・・。」
僕の胸に沈み込む彼。
「キスだけ?」
「感度もいいよ。」
「・・それ、なんか違わないか?」
突如。僕は引っ張られて椅子に座らせられた。
「高塚さんはどうなんだよ。俺のどこに惚れてる?最初の印象は?」
「ん・・。綺麗な人だと思ったくらい・・かな。」
「だけ?」
「う・・・うん。けどね、変な話、僕が寝てる間にスーツを脱がせたろ?」
「うん。苦しそうだったし。」
「そんなことをされて起きないって事が、不思議だった。今も君が隣にいて寝つくことが出来るのが不思議でたまらない。修学旅行は地獄だった・・。」
「え?どう言うこと?」
「物心ついてから、家族でさえ傍にいると眠れなかったんだ。君は最初僕が寝つくまで待ってからベッドに入ってきてくれたけど、今は一緒に寝ても眠れる。・・彼女とは眠れなかった。」
ただ漠然と、安心するのだろう。そんなことを言いたかったが、上手く言えなかった。
「おねーさんと何回した?」
「・・数えてるわけ無いじゃないか。」
「でも・・。俺とは眠れるわけだから、俺のが上って事だよな?」
「上って・・。」
「曖昧だなぁ・・。俺がこんなに惚れてるって言ってるのにさ。」
「うん。嬉しいよ。」
「ほんとに?」
「うん。」
「それって、珈琲が好きって言う分類だと思ってる?」
「思ってないよ・・。どうしたの、そんなに・・。」
今度は彼からキスをされた。そのまま彼が僕の頭を抱き込むようにしてしがみ付く。
「話聞いてたら不安になった。何か、あっという間に興味無くされそう・・。」
「僕が飽きっぽいって事?執着心は強いんだけどなぁ・・。」
「俺に執着してくれる?」
僕はなんとも答えられなかった。彼は僕から離れ、ドアに向かう。
「絶対うんって言わせてやるからな。」
そんな捨て台詞のような言葉を吐き、彼は部屋を出ていった。僕は一人苦笑した。嘘でもうんって言えば喜んだ顔が見られただろう。でも彼は僕の嘘を見ぬく。後で寂しい思いをさせる。・・でもね。僕は君に惚れてるよ。君の存在がとても大事だ。僕を曝け出しても受け止めてくれる・・大切な人。でも今、手に入れようとすれば・・。失うのが恐いんだ。ごめんね。僕はまだ弱い。僕はまた書類に目を落とし、ペンを握り締めた。


「ちーこーくー!!」
ビクっと体が反応し目覚めた。机に肘をついたまま、寝入ってしまったようだ。握っていたペンを置く。代わりにタバコを手にして口にくわえ、火をつけてふかしながら背伸びをした。タバコをくわえたまま部屋を出ると、慌てた夫婦と遭遇。だが、彼らは僕に気をとられる風も無く洗面所に入っていく。僕は首を傾げながらリビングに入りソファに腰を下ろした。キッチンで忙しく動く文仁君を眺めつつ煙草を吸い、ぼんやりと天井を見上げた。煙草を吸い終わり、灰皿に擦りつける。僕はまた欠伸をしながら立ちあがると、キッチンに向かった。僕に気付かない文仁君の隣に立つ。グラスに水を汲み一杯を飲み干すと彼はおはよう。と声をかけた。僕も声をかけながら、挨拶のキスを交わす。
「ベッドに入ってこなかったね。忙しかった?」
「何時の間にか・・寝てたみたい。今何時・・?」
「まだ八時だよ。もう一回寝てきたら?凄く眠そう。珈琲はあがってるけど、ご飯まだ炊けない。」
「ん・・。珈琲・・貰うよ。」
洗いたてのカップを手に珈琲を注ぐ。それを口に運びつつ、僕はまた欠伸をした。久しぶりに早起きした気がしつつ、ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。肘をつき、前髪を書き上げながら髪を握った。
「ほーらー。ちゃんと寝てないんだから、寝ておいでよ。」
「う・・ん・・。」
また眠りにつきそうな・・。強い睡魔に襲われつつ、返事をした。が、夫婦が戻ってきて目が覚める。
「とし君あんなに良く寝てたでしょ?ちゃんと起きて!」
「樹は飲んでなかっただろ?何でもっと早く起こさないんだよっ。」
朝っぱらから激しい言い争い。
「何そんなに・・急いでいるの?」
「泰生、君はいいけどね。私達は九時出社なの!!」
「・・だって、ここから車で10分・・だよ。忘れたの・・?」
彼女らは一瞬動きを止めた。どうやら、自宅だと勘違いしたようだ。
「はい!朝食出来た!!」
机に乱雑に置かれたハムエッグ。オレンジジュースと珈琲。ロールパン。彼女らはそれでも慌てて食卓につき、頂きますと手を合わせると食事を貪り始める。
「高塚さんは待ってね。ご飯まだ・・後6分。」
「・・パンでいいよ。」
「え?高塚さん、パン食べるの?」
「・・食べるよ。」
「なーんだ。俺てっきり、和食派だと思ってた。俺、朝食パンって憧れだったんだよねー。」
「ん・・そう・・。」
僕はそのまま、眠りの縁に誘われそうな勢い。だが、二人の前では瞼が閉じ切らないままだった。がつがつと食事をする二人を見つつ、珈琲を飲む。次第に目が覚めてきてロールパンに手を伸ばした。一口サイズにちぎり、口に運ぶ。甘いような・・香り。文仁君も僕の右隣に腰を下ろし、軽く手を合わせてパンを手にする。
「高塚さん、バターは?」
「・・ん・・。バター・・入ってるんじゃ・・無いの?」
「まあね。ジャム・・無いな。買ってこうよっと。何がいい?」
「僕は要らない。あんまり甘いものは・・ね。」
彼らは食事をすませると、二人して同時に腕時計をながめオレンジジュースを飲み干した。
「ご馳走様!」
そう叫びつつ、彼らは鞄を手に玄関へと走っていった。
「慌しいね・・。」
「高塚さんが、多分・・。変なんだよ。」
「そうかなぁ・・。」
パンを二つ食べ、ハムエッグを半分食べた。昨日騒ぎ過ぎたせいか食欲があまりわかない。
「文仁君・・、食べて。もういいや。」
「いいけど、パンって腹減るよ?」
「うん・・。」
珈琲を飲もうとカップを上げたが、空だった。立ちあがり、ポットを手に戻って珈琲を注ぐ。彼が食べ終わるのを待ち煙草を吸った。
「ほんとにさ、少し寝てきたら?」
「もう起きたよ。大丈夫。」
「ほんと?」
「ほんと。」
テーブルの上の食器をシンクにいれ、スポンジを泡立てる。いつもより多い皿を洗い、彼が拭く。
「ねえ、気になってたんだけどさ。高塚さんって食器に拘らない人?」
「何で?」
「だって、バラバラなんだもん。お客さんが来た時って、なんか揃えたいなー・・って。」
「ああ。なら好きなものを買っておいでよ。」
「いいの?ところで、いくらくらいのやつ揃えた?」
彼は拭いたばかりのグラスを眺めた。分厚く、歪んでいて透明感の薄いガラス製のグラス。
「さぁ。食器はみんな貰ったものだから。」
「誰に?」
「んー。先生方。要らないっていうんだけど、持たされてね。」
「先生方って・・。名工・・とか?」
「うん。」
「・・価値・・。高いよね。これ、いくら位?」
彼はおずおずと手にしていたグラスを見せる。
「それは・・。20万くらい・・かな?鷺野先生のだから・・。多分。」
「20万?うそ・・・。俺・・。昨日・・。一つ割った・・。」
「え?怪我しなかった?」
彼の目は驚きのあまり少し空ろだ。
「文仁君?怪我はしなかったかい?」
「ん・・。してない・・。なあ。あの皿とかって、飾るんじゃないのか?」
「食器は食器。使ってこその価値だと僕は思う。そんな事言えば、この家の家具だってみんな使えないよ。ベッドシーツだってそうだからね。買ったものといえば、パソコンくらい?」
彼は目を丸くさせながら、拭いたグラスを棚に入れた。
「だ、だって。ソファさ。座りごこちで決めたって言わなかったっけ・・?」
「好きなやつくれるって言うからさ。それで選んだの。さて・・と。シャワー浴びてこようかな。」
食器を洗い終わり、僕はそう言い切りながら呆然と立ち尽くす文仁君を伺った。
「使えねー。俺には使えねーよ・・。」
「さっきまで使ってたよ。」
彼はムーっと唸りつつ、腕組みをして食器を見続けた。仕方なく、僕は彼を放っておくことにして浴室に向かう。服を脱ぎシャワーコックを捻りお湯を浴びた。簡単に体を洗って頭を振る。立っている僕の後ろから二本の腕が伸びてきて・・僕の体をぎゅっと抱きしめた。肌が触れる感触しかない。僕の体を掴む手が軽く緩み、徐々に降りていく。
「朝から欲情?」
「だって昨日、ちゃんと優しく抱いてくれなかったじゃん。一発入れてよ。」
一物を手で擦り上げられて・・。否応無しにそれは反り上がる。
「ちゃんと立つじゃん。」
「そう出来てます。・・来て。」
彼の手を解き、彼の体を壁に向け、両手を壁に当て腰を突き出させた。
「やる気満々?」
悪戯っぽく笑う彼。僕は苦笑した。左手は彼の一物を握り、右手の人差し指を彼の入り口をなぞる。左手は彼のものを擦り弄り、右手は彼の穴が軽く緩んだことを確認してからそっと中に滑り込んだ。彼は体をヒクつかせ、穴もきゅっと締まる。それでも指を動かすと、彼の体はぴくぴくと反応して声を漏らした。シャワーの水の音で何割かはかき消されてしまうが、顔を見れば分かる。一物のほうは太く猛り、その先からシャワーの水ではない液体が溢れ・・僕の指を伝った。
「指で・・なんか、イカセルなよ。冷静な顔して俺を見下ろすな。」
荒い息で途切れ途切れ彼は愚痴を吐くように呟く。
「君がイクとこ、ちゃんと見たいなぁ・・って思ってさ。」
「馬鹿っ。スケベっ。」
「だって、君は僕がイクとこ見てるんだろう?僕も見たいなぁ。」
「や・・っ。」
指を深く差し込んで中を探るように擦る。彼の体は震えるように反応した。みているだけでゾクゾクする・・。
「や・・あ・・・。あ・・。」
身悶えた声がシャワー音より勝って聞こえた。指を抜き、僕は彼の中に侵入する。
「あ・・すご・・い・・。いつもより・・深い・・。」
もう、立っているのも辛そうなほど彼の体は喘いでいた。腰を使い、もっと奥へ突く。それだけでは物足りなくなり・・。僕は朝から励んでしまった。彼の中に一発突き上げると、彼は両手を壁に当てていることが出来なくなり、思い切り体を逸らせると彼も勢い良くイッた。そのまま力が抜けたのか、僕は彼の体を支えた。
「満足?」
「すご・・エロイ・・。」
「まあ・・。ね。」
シャワーを止め、全身濡れたままの彼を抱き上げて寝室まで行き、彼をベッドに落とすように降ろした。強いスプリングで彼は跳ねあがる。
「おやすみ。僕は会社。」
「えー。このまま第二回戦じゃないのかよー。」
「夜もあるよ。それに・・。」
「それに?」
「まあ・・。」
僕は濡れている髪をかきあげた。言う言葉が見つからないということを誤魔化したかったが、彼はじっと僕を見上げる。
「夜、夜。」
僕はそそくさと寝室を出て、軽く体を拭いてスーツを着こんだ。時間はもう11時。さすがにヤバイ。体にシーツを巻いた彼は、僕の体を引き寄せて頬にキスして笑った。
「行ってらっしゃいませ。」
「はい。行ってきます。」
彼の唇に軽くキスしてから、僕は靴を履き出社した。昨日の爆発事件の後片付けやら、何やら・・。いつもより忙しい・・。