Heaven
「じゃあ、端から・・。ギターの義純、ベースの六条。ドラムの赤坂、キーボードの茂住。んで、ボーカルが俺、御厨。」
金髪の青年が仲間を連れてきたのはあの歌声を聞いた日から三日後。片桐の元ではなく、直接うちの会社に連絡が入り、顔合わせになった。俺のいる一角に一番近いソファに腰掛け、御厨に紹介される後とに頭をぺこりと下げる少年達。バンド活動をはじめて三年。半年ほど前に上京。ライブハウスを回り、バイトをしながら5人同じアパートに暮らし、生計を立ててきた。ライブでは一度も俺たちの曲は弾かなかったそうだが、公園などの場所でふざけるときにはよく奏でていた。彼らは口々に語った。その中の一人。ベース担当の六条が、背中から何かもぞもぞと取り出し恭しくそれを俺の目の前に伸ばす。それは真四角の色紙。
「ひ、聖さん、サインお願いします。」
今から自分たちが業界のトップを目指そう、という場の最中に差し出された色紙。俺は呆気に取られ、ふっと息をついた。ここには綺羅の姿はない。レコーディングに追われ、スタジオにもう18時間も監禁されている。今、ここに彼がいたらまた大笑いに笑い、腹を抱えていることだろう。
「俺はもう・・。」
「解散、しているわけじゃないですよね。だったら、まだ活動中ってことですよね。お願いします。一生の宝にしますからっ。」
俺は額に手をやり、数回首を振った。解からない。この・・神経。仕方なく、色紙を受け取ろうと手を伸ばし、それを受け取ると突然彼が立ちあがった。突然引っ張られたため体が前のめりに倒れる。それを支えてくれたのは御厨だった。俺の体をゆっくりと車椅子に戻し、無事を確認すると彼は怒ったような顔をして六条を睨みつけるが、六条は事務所の出入り口を見つめ・・。
「ま、まゆらさんだ・・・。マジ、本物?ウッシャっっっラッキーーっ!!」
そう叫びガッツポーズ。まゆらはまゆらで、その声にアイドルとしての微笑み、投げキッスを加えた悩殺ポーズ。
「ねぇーえぇ。社長はぁ?まゆら、寂しいィ。」
唇を尖らせ、その場所に人差し指の腹を当てて体を振る。事務所恒例のことだが、まゆらがここにいる全員の注目を浴びている一瞬の隙をつき、バアン!!と激しく扉を開け走りよる人物登場。社長。それは言わずと知れた人物・・。長い髪をバンダナでくくり、昼でも夜でも関係なくサングラスをかけたちょい途中年ぶとりした182cmの巨大な男、綺羅。彼は息一つ乱さずまゆらの元にかけより、ある一定の距離を取るとみつめあう。
「まゆらチャン、待った?」
「うん。まゆら、寂しかったぁ。」
「ううん・・。御免ねぇ。まゆらちゃぁん。僕も寂しかった。」
「ほんトゥ?でも、まゆら・・。社長が来てくれてうれしぃ。ねーえ。これ、かわいーいぃ?」
「うん。まゆらチャンは何着てもかわいぃーいぃー。それもよくにあーうぅー。」
彼ら恒例の、両肘を腰につけ、振り合うという独特のリアクション・・。いや、コミュニケーションを取り合うと、まゆらのほうは軽く手を振ってマネージャーと次の仕事に向かっていった。綺羅も、彼女の姿が見えなくなるまで手を振りつづけ、デレレと締りのない顔で見送る。そこに一つ。社内放送がキーンとしたハウリングを起こし鳴り響いた。
「こぉらそこのスケベ!!あれほどトリの最中で出て行くなと忠告しただろう!!アホんだら!!さっさと戻ってきやがれ馬鹿野郎!!!」
ぶちぎれ寸前のレコーディングディレクターの声。綺羅は慌てて元来た道をすっ飛んでいった。
「・・あの・・。あれは・・?」
「呼び出し食らってたのはうちの社長。お前ら、あれの元で働く気、ある?」
彼ら五人。鳩が豆鉄砲を食らったような、呆気に取られた表情をしていたが、顔を見合わせると五人が一斉に頷いた。
「あ、代表。あの話の打ち合わせ今からでいいですか。」
そんな声に振り向くと、もうメンバーが集まっていて俺が行くばかりになっているのが見えた。俺は藤堂を呼び、後の契約などの説明を任せて仕事に移る。まゆらがキュート系なのに対し、セクシー路線で行くグラビアアイドルとも思える巨乳の美女二人のプロモーションの打ち合わせだ。結局、夜の雨に濡れ胸に流れていく水。びしょ濡れの髪と服。潤った唇。そんなようなものをコンセプトとして撮影するように決まる。一見、三流AVのようだが・・・。歌は、一人の男を愛した二人の女。男を懲らしめてやろう。というような色気のない歌詞なので艶っぽい演出も映えるだろう。彼女たちはスタッフに、胸元を強調させた服の隙間から張りのある乳房を覗き見させるような仕草を繰り返し、俺にも誘惑の視線を向ける。女に興味がないわけではないが・・・。大して魅力的_とは思わなかった。もう少し大人になったら、相手に選んでいただきたい。
「じゃあ、撮影は・・っと。ああ、藤堂さんに確認してもらって・・と。代表、それでいいですか?」
「・・・。」
「代表?」
「ん・・?ん、ああ。・・うん。」
「どうかなされましたか、代表。・・具合が?」
「あ、ああ・・。いや。すまない。」
彼らの微妙な不安という顔を手で軽く振り払い、打ち合わせは終了した。こういうことは殆ど綺羅が買って出てくれるのだが、今はスタジオ缶詰状態。たまに行う打ち合わせは疲れる・・。そそくさと俺の場所のスペースに戻ると、煙草に手を伸ばして火をつけた。
動いているときや、仕事が入っているときは忘れることが出来ていた仁也のことを。今、打ち合わせの最中に思い描いていたことを思い出す。打合せの話も半分ほどは全く聞いていなかった。眺めていた乳房もぼんやりと陰を薄め、燃えていくタバコの赤い火が色を増す。
「ねぇ《テン》。今日、ご飯食べた?」
不意に、そう仁也の声が聞こえたような気がして振り向くと、驚いた顔をした御厨が手にサンドイッチが乗った皿と色紙を持って立ち尽くしていた。
「なんだ・・。お前か・・。」
「びっくり・・したぁ・・。これ、藤堂さんに頼まれてて・・。お昼、だって。それから、ええっと・・・。嫌なのかもしれないけど、・・サイン、頼めます?」
こちらを伺いつつの喋りと落ち着かない青い瞳。彼はサンドイッチの乗る皿を机にゆっくりと置くと、かすかに震えた手で色紙を俺に差し出した。
「もし、俺が書かないといったら?」
「え・・?ん・・。ど、どうしましょう・・。お、俺も・・欲しいなぁ・・なぁんて・・。」
彼は片手を頬に近づけ、細い人差し指で頬をぽりぽりとかいて見せた。
「嫌がることを2回もさせる気か?じゃあ、お前は何をしてくれる。」
「あ!!こ、これ。サンドイッチ、あーんって食べさせてあげる。」
じゃあ・・駄目?と首を傾げて笑った彼を見て、俺は・・。思わず吹き出した。すぐに彼から色紙を引っ手繰るようにして受け取ると、机のペン立てから適当に一本抜き出して久しぶりにサインを記した。巧妙に重ね合わせられたもう1枚を剥ぎ取り、同じくサインをする。それを彼に突っ返し、出て行けとばかりに手を振った。彼はぺこりと頭を下げ、ありがとうございました。とカーテンを開けて出て行く。ペンをペン立てに戻し、机に置かれたサンドイッチを眺め、俺はもう一度吹き出しそうになったのを堪えた。
「ご機嫌ですね。聖さん。貴方が笑う顔を久しぶりに拝見します。」
「ん。ああ。藤堂か・・。」
「何か楽しいことでも?」
彼は珈琲を運んできてくれた。掴んでも熱くなく、カップの中に指を突っ込む心配のない蓋付きのカップから深い香りが漂う。
「いや・・。あいつ。」
「御厨君ですか?何か不具合なことでも?」
「いや、そうじゃない。あいつ。同じことを言ったんだ。仁也と全く同じ言葉を・・・。」
藤堂の手がゆっくりと俺の顎下に入り、優しく顎を持ち上げられたかと思うと彼の顔が近づいて・・。唇を塞がれた。彼が積極的に舌を動かし、絡めあわせて吸い上げる。頬を両手で覆われ、息継ぎを繰り返しながらキスを交わした。
「どうした?お前が俺を誘う・・。それも真昼に?」
「・・お嫌ですか?」
「エロクサイのは嫌いじゃない。優しくレクチャーしてくれよ。」
藤堂はゆっくりと覚悟したかのように頷くと、俺を車椅子から立ちあがらせてベッドに誘った。
「なあ。藤堂。訳が・・あるんだろ?言えよ。」
「・・わけは・・。」
彼はふっと視線を床に落とし、浅く開いた唇を閉じた・・。