Heaven 


 冷え切った街の 雑踏の中 
 何故か一人に感じたよ
 ツメタイモノが顔に流れて
 火照った頬を冷やした 
 雪なの? 涙なの?
 夜の空に雪が降る

 舞い降りる雪は 優しく
 私を包みこむよ
 頬を流れる ナミダ せつなさを流してく・・
 慰めて くれてるの・・? 
 街が白く染まっていく
 
 心を 新しくかきかえるかのように

 出来あがったばかりの歌に曲が重ねられ、一本のデモテープが作られ。カセットテープが回る。何度も、何度も。繰り返し耳に入れながら夜を明かした。昨日から、綺羅の姿はない。腕慣らしにと、小さなライブハウスに飛び込んでいった。藤堂はまだ出勤してこない。ここに入り浸るスナイダーズメンバーも、今日は久しぶりのライブ。と張りきっていたからここにはこないだろう。ラジカセのテープ停止ボタンを押し、車椅子から立ちあがった。朝というか、夜明け前。時計の針は四時半を回ったところ。事務所内はこうこうと明かりが灯っていたが、誰の姿も見当たらなかった。街も静かで、街頭だけがぽつんと白く見える。遠くに、表通りのネオンが見えた。
 俺は事務所を出て、ゆっくりと外階段を上る。ビル自体六階の高さだが、最上階は綺羅の自宅。五階から三階が希望アーティストのアパート。二階事務所で、一階がCDショップ。三階までの階段を上がり、一息ついてその廊下を歩いた。一番奥の部屋のドアの前に立ち止まる。表札には「仁也」とかかれ、その裏に鍵が忍ばせてあった。溜息のような吐息をつくと、空間に散る息が白い。俺は鍵を手に取ると少し迷いながらドアノブの中央。鍵穴に押し込んでゆっくりと回した。カチャリ。軽い音で鍵が開く。鍵を抜き取り、ノブを回しドアを引く。足を踏み入れ、ドアを閉めると暗闇が纏わりついた。靴を脱ぎ、ワンルームの部屋の中央に垂れる明かりの紐を掴み引く。瞬きをするかのように灯る白い蛍光色で部屋は明るみに出た。壁際に置かれた小さな青いソファ。重い腰を下ろすように座り、顔を上げると四つ切に伸ばした彼の遺影が俺を見つめた。何時までも笑うその顔は変わらない。17歳のままの彼。ソファに薄っすらたまる埃を指でなぞりフッと息を吹きかけて飛ばした。白い明かりの中、それはキラキラと舞い上がって落ちる。遺影の前に香炉が置かれていたが、それを使う道具はなかった。代わりのような気分でタバコを口に運び、火を点す。ここは、彼の両親に頼み込んで、彼の最後の部屋を移した部屋。ここ最近は、訪れなかった・・。
「なぁ・・。覚えてるか・・。」
言葉を飲み込んだまま。俺は俯く。話したいことは山のようにある。だが、もう返事がない。聞こえない。わからない。言えなかったものも、言いたかったものも。たくさんある。
「少しずつな・・。あいつの、夢。叶ってきてるんだ。祝ってやってくれよ。・・。」
どんな声で、どんな顔で。何と言ってくれてる?
「そう、あいつ、結婚・・。正式にしたんだ。・・極秘だけど。」
知ってたよ。そんなふうに言われてるかな。
「カーニバルのような・・夜が・・。物語を綴る。仲間が・・。」
ぽつりぽつり。昔の歌をこぼす。止まってしまった時。動かすのは君。そんなフレーズだけは言葉にできないまま。強い明かりがさしこみ始めた。薄青いカーテン。青い絨毯。机に置かれたままのカップも青く、机の淵も青い。色が見える。そんなことだけで、彼はいつも青い色を望んだ。僕の目はこの色なんでしょ。彼はいつも俺に青い色を選ばせた。青という文字だけで。彼はそれを・・選んだ。青には、何種類も色がある。見えるものにとってはそれは大事だった。・・だけど。そんなこと彼には要らなかった。色を見せたかった。どんなに・・。素敵か。どんな青より、お前の色のほうが綺麗だった。それも伝えられなかった・・な。そう言えば・・。俺のベースも青い色だったっけ。
「なあ・・。ここに来てよ。俺のとこに来て・・。ここで声を聞かせてくれよ。何時まで笑ってる気だよ!!泣いたり、叫んだり・・。怒って・・。ここに・・帰ってきて・・くれよ・・。」
目が熱い。伝わっていく水は冷たい。どんなに叫んだって、喚いたって。あいつから返事はないし、姿も見えない。俺がそっちへ行くしか、もう会える道はない。自殺も何度か考えた。だけど・・。勇気がないまま。まだ、俺は会えない。ずるずると生きて・・。
「ずるいよなぁ。おいてけぼりだ。そっち、楽しいのか?」
落胆だけが残り、苦笑する俺の声だけが響いた。目を閉じ、ソファに横になる。一度でもお前を感じていたなら、この苦痛はどれほどのものなのだろう。意外にも、もっと軽かったりするんだろうか。・・・・。

 唇に柔らかい感触。目を開けると、青い瞳が俺の目を覗く。
「仁也?」
思わず口から飛び出た言葉。はっとして起き上がると俺は強く首を振った。陽の光が金の髪を鮮やかに輝かせる。
「その人。もう、死んじゃってるんだろ?」
その言葉に驚愕し、俺は彼を睨みつけた。
「だって。事実じゃん。聖さんは生きてるんだよ。俺・・。死人の身代わり?」
飽きれたような御厨の声は俺を激昂させた。無意識に、動かない腕を振り上げる。優しく掴まれ、その手は彼の頬にあてられた。
「俺・・。聖さんが好きだよ。聖さんは俺を好きになってくれないのかなぁ。」
「俺が、お前を?」
「そ。そしたら、社長よりずーっと優しくする。とーどーさんより、激しいエッチも出来る。料理は・・あんまり得意じゃないけど。」
「・・。」
妙だが、プロポーズを受けているように聞こえた。
「ねぇ。今日のコンサート。来てよ。あの歌初めて歌うんだ。俺の声で、スッゲーのやるから。見に来て。」
御厨に誘導されるように立ちあがると、俺はその手に引かれてこの部屋を出た。外はもう大分明るく、澄んだ空の色が高く青い。日差しが眩しい。
「よく晴れてるねぇ。秋晴れ。こーゆーの、何て言うか知ってる?」
「ん?」
「小春日和って言うんだよ。俺、博識家でしょ。」
髪をなびかせ、振り向く笑顔。この、日の光のせいか・・。強く眩しい。
「そーそー。とーどーさん、慌てまくってたよ。下に帰ろう?」
俺は・・。彼の頬に触れ。そっと顔を近づけてその言葉を止めるように。唇に唇を重ねた。目を閉じ、味わうようにゆっくりと厚みを食む。彼の手がゆっくりと俺の肩に触り・・その指が徐々に服を掴んでいく。顔を離し前髪に触れ。視線を逸らすと、階段のほうに黒いスーツを着た人影を見た。
「聖さん・・。」
声をかけ近づくのは藤堂。
「申し訳ありません。貴方を一人にしてしまった。寝つけなかったんですね。」
「・・少し、寝たよ。」
「そうですか。それはよ・・っ?!」
俺の体の力が抜け、ガクンッと視線がずれ落ちた。それを咄嗟に抱かかえる藤堂と、御厨の細腕。
「歩けますか・・?」
「・・ああ・・。多分・・。」
それでも。俺は二人に抱かかえられるようにして足をずり動かし、慌てて駆け寄る数人の力のある男たちにスペースに運ばれた。ベッドに身体を横たえると、見事なまでに身体の自由が利かない。
「ここに居ますから。目を閉じて・・。」
優しく響く藤堂の声。俺の手を握る暖かい手。
「ライブは夜ですから。時間はたっぷりあります。だから、体を休めてください。」
「・・ああ・・。なあ・・。藤堂。」
「はい。」
「・・怒らないんだな。」
「・・はい。私は、貴方の意思に従います。今までも。そして・・これからも。」
「ふ・・。お前は、強いな・・。」
彼は何か小さな声で呟いたが、もう俺はその声を聞くことは出来なかった。吸いこまれていく眠りの淵に足をかけ闇の中にダイブしていく。重い身体は、まさに泥のごとく。ベッドと一体になっていくような感覚に包まれながら意識は消えていった。