Heaven
「氷もっと!!点滴!!」
慌しい雰囲気・・。怒鳴り散らされる声・・。空ろに目を開けると、心配げな綺羅の顔が映る。お前、何時帰って?と声を出したくても、呼吸をするだけで精一杯だった。
「聖。大丈夫だから。落ちついて、な。すぐ楽になるから、・・大丈夫。」
優しく髪を撫でられる。・・俺は・・一体・・。体を上げようにも上げられず、自由も利かない。体が熱い。藤堂が俺の口に水を入れるが、飲み込む事も咽込むこともできず綺羅に顔を横にされてタオルでふき取られた。・・藤堂の顔に殴られたような痣が見える。
「聖。すぐ、楽になるからな。頑張れ。」
酷く狼狽した綺羅の顔には焦りが見え隠れし、目が泳ぐ。俺はどのくらい・・。青い、青い瞳が・・見当たらない。それを見つけようと体を動かした途端、体中に激痛が走りうめき声を上げた。
「ひじり?ど、何処だ??腕か、足か?」
右腕と左足を癒すように撫でる綺羅。
「ぁう・・・っあぁぁ゛あ゛・・っ。」
声が声じゃない。痛みに耐えられない。
「藤堂!!急げ馬鹿!!」
綺羅が怒鳴り、藤堂が走る。腕を押さえつけられながら注射を打たれた。
「大丈夫_・・。すぐ、・・すぐだからな。聖・・。」
冷静を装う綺羅は俺の髪を撫でながら言うが、その手は微かに震えていた。青い、青い目がみたい。・・いや、見たくない。もう居ない。傍に来ない。来られない。くる筈無い。俺が壊した。殺したっ。もう・・居ない。居ない、居ない・・無い・・。目を硬く閉じ、頭を振る。息を飲む。
「聖、ゆっくりでいいから息して。・・ほら、ゆっくりでいい。」
綺羅の指が俺の口をこじ開く。このまま・・。息を止めていれば・・。傍に行ける。失う恐怖も無くなる。だけどもう、口を閉じる力も無い。薬が効き始めたのか力が抜けていく。髪を撫でられる感覚も薄れていく。
「聖・・。もう少しだからな。」
目も・・。開けていられない・・。さがしたい・・。あの・・目を・・。あの色が見たい。
「トム!?」
「聖さんは?」
「駄目だって!!お前謹慎中っ!!」
怒鳴りあうような声・・。綺羅が立ちあがる。
「聖さん。ごめん、俺・・。無理させて・・。」
青い目が俺を見つめた。今にも泣きそうな顔で。
「トム・・。出て行け。」
「社長、俺・・っ。」
「殴られたいのかっ。」
綺羅が・・・怒鳴った・・。竦む御厨。目が・・遠ざかる。
「ひとな・・。みく・・りや・・。行くな・・。嫌だ。・・いや・・だ。い・・な・・。」
消えていく。失うのは嫌だ。胃が軋み、沸き上がる嘔吐感に体を丸める。吹き出すように溢れるのは赤い・・。鉄の味・・?
「聖!!」
「かっ・・はっ・・ふ・・っ・・。」
綺羅にすぐに口元を拭われ、口に水が注ぎ込まれるが、味は消えない。
「血の・・味・・?」
「違う、聖。・・っ・・。」
綺羅の目はすぐ何かを言いつけた。
「聖さん。俺、ここに居るよ。ね。・・ここにいるだろ?」
御厨の声に覆い被さるように聞こえる仁也の声。・・空耳・・かな?
「だから・・。だからっ。少しだよ。ちょっと。ちょっとの間・・さ。眠って・・よ。」
泣きそうな御厨の声の最後に聞こえた・・。《おやすみ》・・。
カーテンの隙間から日がさしこみ、俺は体を上げた。見た事も無い部屋。畳敷きの床に布団が敷かれて、俺はそこにいた。回りには座ったまま眠る人影。綺羅と、御厨。俺は彼らを起こさないよう立ちあがり、部屋を出た。出た先は小さなキッチンで、そこには目を見開く藤堂が立ちすくんでいる。彼と目が合い、俺は小さく微笑んだ。彼はすぐに俺の元に近づくと恐る恐る頬に触れる。
「・・っ・っ・・。」
何か言いたげに口を動かすが声は出ていない。彼の目許に赤い痣が見える。口元にも・・。
「ごめんな・・。あいつに。」
「いいえ。私が・・。至らなかったんです。すみません。」
「謝るなよ。」
俺は彼の手を振り払った。
「聖・・さん・・。」
「ん?」
「・・私は・・。」
「ん・・。なぁ、藤堂。タバコ無いか?」
「は?え?」
「煙草。・・じゃ、珈琲。」
彼は首を振った。
「痛めた胃を刺激します。お湯か、微温湯で痛みが無ければ・・。」
「珈琲。」
「聖さん。」
「じゃあ、勝手にいれるからいい。」
キッチンに向かって歩き出そうとする俺を静止しようと、彼は俺の右腕を掴んだ。途端に激痛が走る。こんなこと・・無かった。
「聖さん?!っ。」
「だ、大丈夫。それより、珈琲入れて。」
藤堂は根負けしたような、困惑したような顔をして一つ頷くと小さなキッチンの戸棚に手を伸ばす。俺は右腕をさすりながら近くの椅子に腰を下ろした。どうして今更腕が痛むのか。しばらくして珈琲のいい香りがし始め、カップに琥珀色のものが注がれる。目の前に置かれたカップを手にしたが上から取り上げられた。
「あ。」
「あ、じゃないよぉ。聖。病み上がりに珈琲なんか飲むもんじゃない。これは僕が頂くよー。」
綺羅が隣の椅子に腰掛け、熱い珈琲を一気に飲み干してプハァーと息をついた。火傷しないのが不思議だ。空いたカップに藤堂が珈琲を注ぐ。
「なぁ、ここ何処?」
「んー?藤堂君の部屋。といっても、会社のビルの五階。」
「は?だって、藤堂は・・。」
「うん。何か、ここがいいって言うからね。そーしたの。って、それより。大丈夫なのか?どっか痛いとか、無いのか?」
綺羅にぽんぽんと体を触られ、右腕に触られるとやっぱり激痛が走る。思いっきり体を引くと、綺羅に服を脱がされた。
「うーん・・。外見上は何も無いけど・・。やっぱ、病院だな。」
「いや、いいよ。もう何とも無い。」
「聖さん、一度診てもらったほうがいいですよ。何事も無ければ安心しますし。」
「い・や・だ!」
綺羅の前のカップを手にすると、俺はそれを取り上げられる前に口に運んだ。喉を流れ・・胃に到達するが、痛みは無い。味もちゃんと珈琲の味。ただ、またそのカップを上から取り上げられた。
「社長、とーどーさんっ。二人がいながら、どうして聖さんが珈琲なんか飲んでるの?」
俺は額に手を当て・・頭を振った・・。