Heaven
カチ・・・。アナログのような、デジタルのような。アルミで作られた四角い文字盤がぱたりと落ちて10月31日と日付の代わりを教えた。俺の部屋の机にテレビが置かれ、その中の映像はずっとアダルトビデオの男女の性交シーンが映し出されている。歌詞作りに専念するため、テレビの音量を高めていたが、ビデオの女性の放つ喘ぎ声を聞くのにも飽き音を消した。《最高にエロくさいものを》とのリクエストだが、何十もこの手のビデオを眺めたが気分は高まらない。俺って・・女性には興奮しないものなのか?ふくよかな乳房を舐める男。それに反応する彼女がメインなのだが、どうもしらけてしまう。生だろうがモザイクだろうが裏だろうが。やってることはあまり変わりなく、面白くない。ふう・・と溜息を一つつき、空になったカップを手に車椅子の車を回してカーテンを開ける。事務所にはまだたくさんの人影が残り何やら慌しく動いていた。その中で六人の女性が輪になって何やら話をしている。その傍に車を寄せると、彼女らは一斉にこちらを向いて笑顔で《ごくろーさまでぇっす》と声をあげた。
「・・ああ。忙しそうだな。」
「そーでもないですよぉ。これから、楽しい準備ですから。」
「楽しい準備?」
「ええ、まっ。」
一人の女性が何か言いかけ、もう一人がその口を塞ぐ。何か内密なことなのだろうか。俺はふと・・。彼女らの胸元に目が行く。そう言えば、俺。物心ついてから女性に触ったことが無いな。小学校から全寮制の男子校で、大学は篭りっきりだったし・・。どんな感触なんだか。触ってみたい。まあ。ただで触らせてくれるようなことは無いだろうな。一応、彼女らも一端のアーティストなんだから。
「代表は、お仕事ですかぁ?」
「ん・・。まぁね。なあ。提案なんだが。俺と野球拳しないか。」
「・・えー?代表と??」
「ああ。全部脱いだら、その体に触らせてくれ。ただし、俺に三連勝したら何でも好きなもの買ってやるから。」
「何でも?」
「ああ。土地でもマンションでも。好きなもの買ってやる。」
彼女らは六人頭を合わせ、何やら作戦会議を始めた。待つこと数秒。彼女らは万面な笑顔で俺と対峙する。
「じゃあ。私たちが歌いますからね。行きますよー。」
野球ーすーるなら。そーゆーぐあいにしなしゃんせ。アウト!セーフ。よよいのよいっ。ぱっと出す拳に、彼女らは一喜一憂。しぶしぶ上着を脱ぎ始めたのは二人。何回戦かじゃんけんをしたが、俺に三連勝する子はいない。一人の子はもう、ショーツ1枚にまでなった。ただ、この子に勝つと・・。もう一人の子は2連勝中だし・・。彼女らは赤面しながら歌い出す。だが、最後まで歌いきらないうちに《待ったー!!》と声がかかり、中断されてしまった。
「あー。しゃちょー?なんでですかーぁ?私、あと一回だったのにぃっ。」
「ぜーったいに勝てないから。止め止め!!はい、解散かいさんっ。」
綺羅は慌てて、脱ぎ散らかされた服を彼女らに持たせて追い払った。
「ひぃーじりぃ。何やっテンの。」
「野球拳。」
「そーじゃないでしょ?まったく。中でエロビでも見てなさい。って・・。オンナノコに触りたかったのか?」
「ん・・。」
困り果てた顔の綺羅を尻目に、俺は周りを見渡した。でっぷりと太った男と目が合い、招き寄せる。
「なんすか、代表。」
「服、脱げ。」
「は、ええ??代表??」
「いーから、早くしろよ。」
彼は驚きながらも、首を傾げつつ上着を脱ぐ。幅のある分厚い肉体。その胸に、女性なら何カップなのか。と思われる・・乳房?じゃないよな・・。肉が垂れる。それに手を伸ばし、人差し指でつついてみたが・・・・。ブニブニとした・・・・。
「だ・・・代表・・?」
「ひじりぃ・・・。詩に没頭するのはいいけど、お前・・。」
何かこう、欲しかった感覚じゃないのですぐにそれをつつくのを止めた。綺羅に珈琲カップを手渡し、俺はそのまま部屋に戻る。煙草に手を伸ばし、火をつけ・・・。ふと、テレビの画面を眺めて釘付けになった。抱かれてるのは年端も行かないような少女。ブロンドの波打つ髪に、見開かれた目がブルー。嫌々と身悶える細く白い腕は、無理やり男のモノを掴まされ、上の口と下の口を責められ。白いものに塗れながら、ぐったりとベッドに横たわる。空ろな青い瞳・・。
「聖さん、珈琲・・。」
そう言い、机にカップを置く黒いスーツの人影は、すぐにビデオのスイッチを切りテープを取り出した。
「嫌いか?」
「あ・・。いえ。」
俺と目が合うのを避けるような素振りの藤堂。足早に逃げようとするその手を掴み引き寄せた。
「何で避ける?俺が憎いのか。」
フルフルと首を振る彼。ただ、その眼は伏せられていて硬く閉じられた口は心情を語らない。少し青ざめたような表情に見えるのは俺の気のせいか・・?
「申し訳・・ありません・・。」
藤堂はそう言うと、軽く俺の手を解いて出ていってしまった。
耳に木霊する 切ない声
首にかかった 熱い吐息
乳房を強く握り
括れた腰に手を寄せ
目と目が絡む
まるで夢のような。
天使のような君
本当に、白い羽を持ってる
僕に向けられた
広げられた両腕
ベッドの上で
薄明かりのもと
君は僕を運ぶ天使
囁きが聞こえる?
僕を迎えた天使
僕は今 たくさんの希望を
君の中に放つよ
ふ、とペンを置き、何気なくテレビのチャンネルを回す。ライブハウスの映像に消していた音を呼び戻す。かき鳴らされるギターの音。強いドラム。低い・・低く響くベース。次第にそれを大音量にしていき、目を閉じた。新人アーティストの登竜門と称されるイベントライブ。目を閉じていても飛びこんでくる映像の光。昔に・・。俺たちもいた。ただ、ただ。低く流れるベーシストの奏でている音に耳を澄ます。俺が気に入って使ってたのと同じような音。耳に心地いい。
愛してる 誓うよ。でも、何に?
月に、星に。空に。海に?大地に?・・この星?
何にでも誓うよ。君を愛してる。永遠に。
思わず口ずさんでいた。懐かしい曲を・・・。何度も、何度も。マイクに向かって声を出していたあの詩。
終わらない。終わらせることなんて出来ない。
この気持ち、嘘じゃない。
君に嘘なんてつかないよ。何て、これも嘘かな。
愛してる。愛してる。
君にだけ。言える。
「マイ、スィート・ハニー?」
花火の爆音。雨の演出。・・・。アンプ、ショートしたっけ・・。苦笑は歓声にかき消され、次のバンドの演奏が始まる。俺はテレビのスイッチを消し、珈琲を口に運んだ。
事務所がいつもより騒がしく、熱気に溢れる。それに気がついたのは三杯目の珈琲を頼もうと電話の呼び出しを押そうとした時。ふと車を回し、カーテンを開けるとパーン、パーンとクラッカーが鳴り響き、頭の上から紙ふぶきが塊で振ってきた。体中キラキラとした四角い紙で覆われ、頭をふってそれを振り落とす。見上げると、でかい銀色のクスダマがぱっくりと口を開いてぶら下がっていた。
「代表!!ハッピーバースディ!!」
目の前には・・。この、事務所人員総メンバーが仮装して集まり・・。ソファや机は何処かに片づけられたのか見る影も無かった。
「・・は・・・?・・え?」
「ひじりぃ。お誕生日、メデタイねぇ。さ、35本のロウソク一息で吹き消せ。」
にこにことした上機嫌の綺羅は、俺の後ろに回り車椅子を押す。そして、人だかりの裏に隠された、まさに・・。業火のように火が灯るロウソクが刺さったホールケーキの前に止まった。
「さぁ。吹き消せ。願いを込めて一息で!!」
「・・綺羅。貴様がやれ。」
「はっはっは。やっぱ無理か。」
取り敢えず・・息を吹きかけてみるが、一本火が消えるかと思えばまた灯る。ロウソクの火は轟々と音を立てて燃えている・・・。
「社長!!聖さんに何をさせるんですかっ。」
そんな藤堂の声に俺は観客の中央に引き戻され、あの危険なケーキは防火用水のバケツの水で火が消された。新たに目の前に差し出されたのは、三角に切られた真っ白なケーキ。御厨がそれを運び、俺の目の前でケーキに三本の小さなロウソクを立てて火を点す。淡い・・。青い光の炎。
「ハッピーバースデイ。おめでとう、聖さん。」
「・・あ・・。あ、ありがとう。」
なんだか照れる。フッと、その青い光を吹き消すと、シャンパンか、スパークリングワインのコルクが抜かれてクラッカーが鳴り響いた。
「さ、聖。挨拶は?」
「ん・・・。ちょっと、待って・・。」
綺羅に催促され、俺はしばし思考を捻る。そう言えば・・。10年だ。忘れてた。ここを。ここに案内され、ぼんやり仕事を始めて10年。俺は車椅子から立ちあがり、御厨に支えられた。
「・・。化かされた気分で。そんな理由で、ハロゥインに・・。綺羅、いや・・。社長が俺を呼んだのがちょうど10年前の今日。毎年、本当に。騙され続けたけど。今年は本当・・。マジで、・・感動・・してる。ここにいてくれて、ありがとう。」
深深と頭を下げる。支えられながら体を戻すと、御厨は俺の首に手を回し・・。そっと引き寄せられて・・・。公然にキスを交わした。溢れる歓声。指笛の音。シャンパングラスに透明な炭酸水を注がれ・・・。思わず一気に飲み干した。