Heaven
「おーおー。朝帰りかぁ?聖ィ。」
事務所の扉を開け、からかうような綺羅の声をはぐらかしながら振り向く。階段をゆっくりと上がる藤堂に手を差し伸べつつ、彼が部屋に入るのを確かめて扉を閉めた。崩れ落ちそうになる藤堂を綺羅が支えてソファに座らせる。それを眺めつつ、俺は自分のスペースに入った。そのベッドに寝ている人影と布団からはみ出ている金髪に目をやりながら、車椅子に腰を下ろす。
「聖、藤堂君腰砕けだなぁ。これくらい?」
指を三本上げながら、綺羅がカーテンを開けて入ってきた。
「まぁね。」
タバコを口に運びつつ、頷く。にたにたと笑う綺羅。だが、机に一通の茶封筒を置くと雰囲気は一変した。
「まただ。今回はご丁寧に写真入り。」
綺羅はそう言いながら腕を組む。俺はその封筒を開け、中身を机にばら撒いた。写真は六枚。1枚は走る藤堂の姿。二枚、俺と藤堂が珈琲ショップにいる姿で、後は俺達がタクシーに乗りこんで車が走り出す瞬間のもの。昨日の日付入り。投函場所も同じで、直接うちの郵便受けに入れられたもの。切手も差し出し人の名前もない。始めは《辞めろ》だの、《死ね》などかかれた紙切れが入っていたが、向こうの目的である人物特定が出来なかった。だが、この写真を見る限りでは・・。
「目的はお前か?」
「いいや。藤堂の方だ。俺が標的なら、俺だけが写る写真があるはずだろ。」
「・・藤堂君が目的・・?何の為だ?」
「さぁな・・。」
ぼんやりと写真を眺めていると、後からニューっと長い腕が伸びてきて俺の首に絡みついた。
「ひじりさぁーん。俺、ベッドで待ってたのに、触ってもくれないわけ?」
「・・御厨。」
「とーどーさんと朝帰りって、俺には?」
耳に息を吹きかけられ、俺は思わず首を竦めた。御厨は俺の前に回り、机に腰を下ろすと俺の手を引き寄せてパクンと俺の指を口に入れる。
「トム君、今大事な話してるんだけどなぁ・・。」
「とーどーさんの話なんて俺にとっては大事じゃないもんね。」
俺の指を吸いながら、御厨はふくれて見せた。要求も欲望も、真っ直ぐに伝える。曇りのない瞳。そこに・・惚れた、か・・?
「ま、まだ手を出してくることはないさ。様子見て、出るとき出ればいい。」
「ああ、そーすっかねぇ。ったく、忙しくなるってのになぁ。」
綺羅はそうぶつくさ言いながら、溜息交じりに事務所に消えていった。11月ももう半ば。事務所はなお人が多く、騒がしい。
「ねぇ聖さんってば。ここ、ここに印しつけてよ。俺のモンだって奴。」
御厨は襟首を広げ、首もとを指差す。のどぼとけがコクリと動き、その先を擽ってやった。ぱっとそこを隠す彼。彼は机に座ったまま、俺と顔を近づけ、ちょんと触れるくらいのフレンチキスをした。
「お前って、ほんと・・。何考えてるんだ?」
「んー?聖さんのこと。と、バンドとライブと・・うーん・・。」
口を尖らせ視線を上に向けている御厨。俺は立ちあがり、その尖らせた唇に軽く唇をあわせて部屋を出た。綺羅の座るソファに近づき、ポンと綺羅の肩を叩く。藤堂はパソコンの前にいたが、目は空ろで・・。時々はっと気がついたように仕事を始めるが、やっぱりぼんやりと宙を眺めた。俺はそれを眺めつつ、綺羅の左隣に腰を下ろす。無言のまま綺羅に手渡された書類は、CDジャケットのサンプルで、まゆらの写真が何枚か書き込まれていた。ふと目の前を見ると、身を乗り出してこちらを伺う眼鏡の男。・・久しぶりに見た、飛田集治。グレーのスーツに身を包んで、相変わらずの黒ぶち眼鏡をかけなおしている。
「へぇ。久しぶりだな、飛田。ここに来るなんて珍しいじゃないか。」
「・・ええ。まぁ・・。」
言葉を濁しながら視線を泳がす飛田。綺羅が右耳に、別れたんだよ、と囁いた。
「誰と?」
「ん。」
綺羅の顎先が指し示す方向には藤堂がいる。・・こいつら、付き合ってたっけか・・。
「へぇ。そう。だからこれ面白みがないんだな。もっと奇抜なもの造ってこいよ。一端のアーティストさん。」
俺は手にしていた書類をローテーブルに叩きつけ、立ちあがった。その足で藤堂のもとに行く。飛田に見せつけるようにして藤堂の顎を上げ、そのまま口付けた。飛田は目を丸くしていたが、意を決したように立ちあがり俺のもとに近づく。俺はそのまま、飛田を挑発するように事務所を出て外階段を上り、屋上のフェンスまで行くと冷えたフェンスに寄り掛かった。飛田は俺の右隣に立つ。
「僕の作品の何が気に入らないんですか。」
「・・べつに。覇気が無かったからさ。ツマンナイんだよ。」
「別にって、理由があるじゃないですか。」
「ん・・まぁな。話したいのはそっちじゃないんだ。」
俺は徐に煙草を取り出して口にくわえ、火をつけた。強く吹く風が冷たく髪を靡かせる。煙草の火を赤く燃え上がらせた。
「藤堂と何があったんだ?」
「・・聞きたいのはこっちの方です。あいつ、この頃あなたのことばかりで・・。」
「俺の?」
「ええ。珈琲何杯飲んだとか、歌詞がイタリア語で翻訳しにくかったとか・・。何時に寝て、何時に起きて。・・・髪が伸びたとか・・。」
飛田はフェンスを握り締めた。
「ずっと一緒に暮らしてて、いきなりさよならって出ていったんです。」
「んで、気になった、と・・。俺との事は気にならないのか?」
飛田は突然俺の襟首を掴み上げた。右手で拳を作り、それを振り上げる。俺より10cm強高い身長は俺を掴み上げるには丁度よかったらしく、俺は爪先立ちにされた。
「どうしたよ。殴らないのか?」
飛田の目の色が変わり・・・。俺は襟首を掴まれたまま、殴られた。顎が軋み・・。口元から唾液と血が混じったものが流れる。
「あんたなんかっ・・狂ったままでいればよかった!!」
「ああ・・。楽だったかもな。だが、これも楽しいんだっ。」
俺は思いきり奴の手を振りきり、その反動でこの右手て奴の顔に思いきり拳を入れた。飛田の眼鏡が飛び、下の道路に落ちていく。飛田はそのまま屋上のコンクリートに転がり、頬を手で摩りながらムクリと体を上げた。俺の右手の拳・・壊れたな・・。痛みに振るとペキペキ音がする。
「俺も昔は暴れてたんだ。図体デカイだけの奴には負けねぇよ。」
「・・藤堂とは・・。力づくですかっ。」
「いーや。確かめたきゃ、聞けばいいだろ?どんなふうに求めて抱かれたかをな。」
「だっ・・。」
驚愕した顔の飛田。なんだこいつら。一緒に暮らしていた割にはするコトしなかったのか。飛田の顔、真っ赤だ。
「聖さんっ。」
屋上までの階段を駆け上がってきた藤堂は、息を切らして俺の傍まで来ると口から垂れた血を手で拭い取った。
「こ、こんな寒いところで何をされていたんですか??」
「ん?喧嘩。久しぶりに楽しい。」
「た、楽しい??喧嘩って・・ちょっと。」
藤堂は俺の両手を掴み上げると、ムニムニと押してみてふかぶかと溜息をつきながら首を振った。そして、何かに気がついたように俺の顔を見上げる。
「み・・・右手・・?右で、・・・??」
「昭仁。やっぱり、僕よりそっちの男なのか・・?大事なのか・・?」
ゆっくり起き上がり立ちあがる飛田。藤堂は振り向かなかった。
「・・そう・・か・・。」
飛田は項垂れながら屋上を去っていく。
「いいのか。」
「・・今は・・。貴方の方が大事なんです。」
藤堂は俺の右手を大事そうに抱えながら、上を向き・・目を閉じてキスをねだる。俺はそれに軽く答えてやり、フェンスに凭れて階段を降りていく飛田を眺めた。
「敗北感に打ちのめされた男の後姿は・・惨めだなぁ・・。」
ぽつり呟くと、風がそれに答えたように吹き荒んだ。