Heaven
機材搬入も終わり、リハーサルも順調に執り行われていく。たった一回。一夜のライブコンサート。企画モノに成り下がってはいるが、まゆらも登場というフレコミにより動員数もまずまずに治まった。ただ一つ困ったことといえば、緊張しまくりのスナイダーズメンバーと、完成しなかった俺の演奏。ベース担当六条に殆どを支えてもらうという約束ではあるが、本人がガチガチに固まっている。まだ、リハーサルだというのに。あと六時間で会場が開き、この空間目いっぱいに人が集まる。
「聖さん。そろそろ衣装を・・。」
「ん・・。」
そういわれ、舞台裏にある楽屋に入り込むが、震えの止まらないスナイダーズメンバーには目も当てられない。小さなライブハウスの何十倍もある舞台だとは言え、楽しく盛り上がればいいだけだ。久しぶりに化粧を施され、髪を整え・・スーツを身に纏う。藤堂の手でネクタイを閉められ、心地よく張り詰めた気持ちが引き締まる。不意に瞬くカメラのフラッシュ。なんとなくピースサインをすると笑いが零れ場が和んだ。
「聖さん・・。素敵です。」
藤堂に見つめられ・・頬に触れられる。今までならそのまま唇に柔らかな感触を求めたが、今日はその手を掴んで下ろした。
「聖さん、これ・・。」
スタッフに手渡された二つ折りのメモ用紙。ようやく届く犯人さんからのメッセージ。藤堂にスナイダーズメンバーのことを頼み、俺は人気のない場所でそれを開いた。中身を頭の中に入れると、くしゃくしゃに丸めてポケットの中にねじ込んだ。体を延ばすフリをして髪をかきあげる。
なあ、仁也。俺も緊張してるんだぜ。こんなデカイ舞台、始めてで・・。
宙を見つめ心の中に呟く。
見ててくれてるのかよ。俺、舞台に戻るんだぞ。なんか、いいのかよって思うけどさ。・・遊びのつもりで、いや、遊びで。見ててくれよ・・。お前が護ってくれたこの体、まだ・・上手く動かないけど。笑われない程度に、頑張るから・・。
六時。無事、開場を迎え。すし詰め状態になっていき、熱気溢れる会場。まゆらも、綺羅も、いたって普通で楽しげで、他のメンバーも慣れっこだとはいえ程よい緊張感に酔いしれ。スナイダーズは・・・。目も当てられない。酒でも飲まして、酔っ払い状態にしても緊張感ってのは和らぐことはないだろう。ライブの鳳を飾る初舞台じゃ、どうしてやる事も出来ないか。
「ひ・・ひ・・ひーん。聖さーん。どうしたらいいんだよーー。恐いよー。」
「だいひょーーー。」
「は・・吐く・・。」
「・・・・・・。」
散々だ。
七時。爆音とともに開演。そこそこ売れているメンバーが前座で現れ、場を盛り上げて二番手。三番手にまゆらが出てライブは最高潮を迎える。舞台裏は・・・。やっぱり、散々。二時間のライブ。その中の、たった一曲。四分足らずの事をするだけ。綺羅ははしゃぎまくり、舞台の端から端まで走り息を切らしながら楽しんでいるというのに、若いメンバーは・・まったく。真っ青な顔。聞こえる声援。叫び。・・ともに歌う声。あの時、一緒に感じたかった・・。震えるほどの感情を味わいたかった。もっと、もっと・・!!強く。声を枯らして。
「はぁーーーーい!!ラストだよーーーー。」
まゆらの声に会場が沸く。スモークが湧き、会場の照明が一瞬落とされ、その間にメンバーが現れて照明が付けられると同時に演奏開始。御厨はまゆらの隣に陣取り、握り潰すような勢いでマイクを握り締めているのが見える。俺は綺羅と背中合わせに立ち・・。熱いライトを浴びた。
「どうよ。やっぱり、いいだろー?」
「・・ああ。忘れてた!!」
ピックを握り締める。御厨の第一声。あの時なしえなかった・・。あの時消えた夢が蘇る。体を揺らすだけで息が切れ、腕が痺れてもなお弾き続ける。
ドン!!!
最後の爆音が轟き・・・・。幕が降りる前に俺はその場に倒れ、天井を見上げていた。もう、なんでもよかった。楽しくて・・嬉しくて。誰よりも泣いていた。ベースギターを抱きしめ、その場に座りこんで泣いた。
「ねぇ、みんなー。ヘヴンって知ってるー??」
まゆらが近づき、俺の右腕を掴んで引き上げる。
「この人、天使なんだよーー!!!」
俺は座りこんだまま腕を持ち上げられ・・。綺羅に抱かかえられて立ちあがった。強く激しい歓声に体を吹き飛ばされそうになりながら・・。綺羅に抱かかえられ、背中をぽんぽんと叩かれ・・。アンコール。のコールには出られなかったが、あれほど緊張していたスナイダーズが完璧に楽しむその姿が・・頼もしく見えた。
片付け始められた会場。俺はそのど真ん中に立ち、大きく息を吸った。10年前。立ちたかった舞台。叫びたかった。一言。
「ふざけんじゃねーー!!!!」
その声は響き渡り・・・。スタッフの手を止めてしまった。あの時もなんだか成り行きでバンドを始めてた。なんだか、流されて生きてた。だから叫びたかった。
「聞こえたか!!仁也!!」
舞台中央に座りこみ・・。ピックを親指で弾き上げ、手に戻ってくるそれをパキン・・と二つに割った。もう、演奏しない。俺は裏方で・・いい。背中から俺を抱く金髪の人影に見を預けつつ、苦笑した。
「お前に・・託すよ。」
「え?」
全体中を彼にのしかけ・・。それを支えきれない彼は結局、潰れた。共倒れじゃ、まだ駄目だ。
その後の打ち上げで、まゆらの妊娠が発表され、結局1年間の休業騒ぎは再発した・・。その後も活動を続けると言い張る彼女に、家に入って欲しいような・・と騒ぐ綺羅。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、まだまだ痴話喧嘩にもならず・・。流れ解散で打ち上げも終演。俺は一人。あいつに呼び出された場所に歩く。もとはといえば俺も悪いわけで、・・狂わせたといえばそうなるだろうから。こっちのケジメはきっちりつけておかなきゃならない。誰にも気づかれないよう、こっそりと雑踏に紛れ・・。クリスマスソングが騒がしい街に溶けこんで歩いた。あいつ等がいれば問題はないだろう。真っ直ぐ、進んでいくんだろう。・・・。俺がいなくなっても。もともと、俺なんて必要なかったんだし・・。楽しかった・・。この1年はとても。楽しかったよ。・・なぁ、仁也・・。
ふと、御厨と始めてあった歩道橋まできていたことに気がつき顔を開けだ。ここには雑踏はない。クリスマスソングも聞こえない。ネオンも・・ない。オフィス街の外れ・・。雨、降ってたな・・。杖付いて歩いてて・・。
「ね。何処行くの?彼氏。」
そんな声に頭を下げると、優しく微笑む御厨の笑顔。気がつけば、綺羅も、まゆらも。藤堂もいた。
「あれ・・。上手くまいたと思ったんだけどな・・。」
「無理だよー。だって、飲み会のときから様子おかしかったし。会いに行くんだろ?」
「・・ん?」
「誤魔化さないの。一人で何カッコつけてんだよ。かっこいいけどさ。」
首に回された腕で手繰り寄せられ・・・。一番暖かい、キスを交わした・・・・。