Heaven
指定された場所。そこは事務所のあるビルの屋上。月明かりだけで照明のない場所。綺羅とまゆらを自宅に送り、三人で屋上に上がる。屋上に佇む一人の人影。その身長からか、藤堂が立ち止まった。御厨を藤堂に付き添わせて俺はその人影のもとに歩く。よ、と声をかけようとした途端、上から拳が振り下ろされて思わず避けてしまった。い、一発くらいは受けてやろうと思っていたんだが・・・。野性の勘が戻ったのだろうか。
「よ。よー。ストーカー・・。いや、危険思想者。叶わないからって暴走してちゃ・・。」
ぶんぶんと振りまわされる拳。ひょいひょいと避けつつ、なんとなく開いた懐に飛びこんで拳を振り上げてしまった。それが、一発KO。図体だけの男は、その場に大の字に寝転がった。
「何で・・。なんでだ。全て手にいれた男の方がいいのかよっ。僕は・・僕はこれから・・。これからだからっ。」
彼は・・。飛田集治は泣き始めてしまった。俺はその場に座りこみ、煙草に火をつける。恋に破れたからって、自棄になって嫌がらせ。どれもこれも中途半端なのは、・・成し遂げるよりも大事なものを持ってたから。彼は誰よりも優しくて、一番その人の幸せを願っているから。
「これからだから、欲しかったんだろ?傍にいて欲しい。・・俺も、そうだった。」
紫煙が闇の中に真っ直ぐ上がっていく・・。風のない・・日だ。
「始まったばかりだったんだ。・・全部失った。一瞬だった。」
「・・今は・・完璧じゃないか。富も名声もあって・・。」
「何もないよ。俺が築き上げたもんじゃない。回りが必死だった。俺はただ生かされてた。我侭放題で、・・駄々こねて。騒がせた。・・あんたみたいにね。」
「僕は・・。貴方が憎いよ。」
「だろうな。」
彼は突如起きあがると、俺の襟首を掴み上げて拳を振り上げ、勢いよく振り下ろす。泣きながら、何度も・・何度も。ただそれは本当にか弱く、・・・。俺はその拳を止めると、彼に一発拳を叩きこんだ。彼はその勢いでぱたりと倒れこむ。驚くほど・・弱い。俺は半ば飽きれて立ちあがった。彼は首を大きく振りながら立ちあがると、握手をする要領で俺の右腕を掴む。そして勢いよく彼は踵を返し・・。俺の体は宙を浮き、コンクリートに叩きつけられた。
「昭仁は僕のものだ!!あんたなんかに渡すものかっ!!」
彼、飛騨の声がこだまする・・。走り寄る御厨と、藤堂・・。
「ひ、聖さん??だいじょう・・ぶ??って、頭から血ィ出てる!!」
「・・血・・?たいしたことないだろ・・?」
「受身ゼロで投げられて大丈夫なわけ・・。」
夜空に響き渡る・・パーン・・・・とした平手打ちの音・・。どんな拳より・・痛そう・・。俺はそのまま意識を失い・・・・。
「ねぇ、テン。もうそろそろ起きたら?また、体動かなくなっちゃうよ。」
仁也の声に目を覚ます。ぼんやりとした空間。だが、明るい・・。笑顔の彼が俺を見下ろしていて、手を引かれ立ちあがった。
「・・仁也・・。」
「ん、なぁに?さ、行こうよ。」
「・・何処に?」
「何処って、馬鹿だナァ。テンの世界だよ。」
ふわふわとした足取り。手を引かれ歩く奇妙な場所。笑う仁也。・・いつもの青い瞳。立ち止まらない。手を振り解きたくとも振りほどけない。行きたくないっ・・。仁也、俺は・・お前に言いたいことがある。だけど、ここでも言葉に出ないのか?これは夢じゃ・・。
「わかってるよー。でも、それってもう、僕に言う言葉じゃないんじゃないの?」
「俺は・・。仁也、俺・・。」
「うん・・。ずっと見てたよ。だけど・・。だから。そっちで待ってて。すぐ会いに行くから。だから、テン。もう泣いちゃ駄目だよ。」
何処かに案内され・・。仁也は俺の背中に回ると、両手で俺の背を押した。俺は何処かに落ちるような・・浮かぶような。笑顔の仁也が手を振って・・。口が言う。
《バイバイ》 ・・《またね。》
「仁也!!!」
俺は叫んで飛び起きた。周りを見まわすとそこは・・白い空間。病院の、消毒臭い・・。現実・・?仁也が掴んでいた手を見ようとすると、微かな重みに右を向いた。俺の体を枕に寝ている金の髪と・・手を握り締めたままの手。
「・・聖ィ・・。お前、三日も寝てていきなり飛び起きるなよナァ・・。びっくりした・・。」
文庫本を閉じながら綺羅が呆れ口調で呟く。横から・・にゅっと伸びる手。その手は俺の頬を摘んで引いた。
「な・ん・で!!俺の名前を呼ばない!!」
「・・よびゃれひゃかっひゃ・・。」
「なに?」
俺はその御厨の手を取り外した。きょん・・としているその青い瞳を見つめ・・。思わず笑いがこみ上げる。
「ああ。愛してるよ、御厨。今はお前だけを・・。」
「それ、なんか引っかかるんですけど・・。」
膨れっ面に手を添えて・・・。「ただいま」そう・・耳打ちした。
「お帰りなさい。」
抱きしめられるその感触は・・全てを預けても問題なさそうで・・・。
あれから。早いものでもう半年・・。仕事は順調で、ぼちぼち・・程度。ただ困ったことに、スナイダーズの人気がうなぎ上りで一緒にいる時間が殆どない。といっても、今日は珈琲ショップで・・デート気分・・と。
「あら、聖さん。やっと連れて来てくれたのねぇー。トムくんっ。サイン頂戴?」
「勿論!!書かせて、書かせて。」
いつものカウンターに座り、ぷかぷか煙草をふかす。サインのお礼。と如月さんは特大パフェを御厨の前に差し出し、彼はそれに大喜びで長いスプーンを差込んだ。パクンっと一口食べて・・とろける笑顔・・。
「うまぁ・・。」
「・・。」
「何?聖さんも食べる?」
俺は小刻みに首を振ったが、目の前に生クリームテンコ盛のスプーンを差し出され・・・・・・。嫌々口をあけた。
「ね、おいしいでしょー?」
俺は・・首を振ってすぐに珈琲を口に運び、それを喉に流し込んだ。
「あら、聖さん。他のものも食べられるようになったの?」
「うん。俺が差し出すものなら何でも一口、ね。それ以上食べてくれないけど。」
「へぇーー。愛の力かしら?ところで、藤堂君は?この頃来ないわね。」
「あー。あの人なら、聖さんを殺そうとした人と休みを取ってデート!!」
ぷっと膨れてみせるが、一口生クリームを口に運んで笑顔が戻った。あの一軒からどうやら、御厨は飛田の事が大嫌いになったらしい。その彼を好いている藤堂も・・どうやらまだ仲良くはなれてなくて・・。ややこしい。
「ほんと・・。おいしそうに食べてくれるわねぇ。仁也君も甘いもの好きだったわね・・。」
「・・ああ・・。」
「ちょっちょっと待ってよ。俺と彼を比べないでって言ってるじゃん。もー、頭くる。」
御厨の口と顔と一致していないのが不思議だ・・。不意に携帯の着信音が鳴り、御厨は慌てて電話に出る。
「はい。はい・・エー。今からぁ?・・う、うん・・まぁ・・。」
パタン・・と携帯電話を二つ折りにする。今度の膨れっ面はパフェじゃ治らないかな。
「仕事か?」
「・・うん・・。」
「行ってこいよ。しっかりな。」
「・・ん。」
彼は俺の髪にキスをすると珈琲ショップに群がる人だかりを分け入って走っていった。キャーキャーとした声援団はその後を追っていく。
「あれじゃ・・。手に入れたんだかわからないよ。」
「仕方ないわ。貴方が彼をアイドルに育て上げたんだから。・・あ・・。雨・・。」
彼女は外を眺めて小さく溜息をつく。
「じゃ、俺も帰るよ。」
「あ、待って。タクシー呼ぶわ。傘がいいかしら・・?」
「どっちも要らないよ。降り始めだから、濡れたって・・。あ。俺も走って帰ろうかな。」
「無理よ!」
反語のような速さで止められ・・。思わず笑ってしまった。
「冗談だよ。」
「もぅ・・。笑えない冗談言わないで。・・気をつけて。」
「ああ・・・。またくるよ。」
店を出て歩き出す。いつかよりは速いスピードで歩道橋を上がり、空を見上げる。
あ、そーそー。
まゆら、無事にお母さんになったんだ。
綺羅、ずっと伸ばしてた髪の毛切ってさぁ・・。
梅雨の間の晴れの日。白い月が出てた。青い空で・・。
ナァ、仁也。
俺、今、幸せ・・かもよ?
おわり・・かもね。たぶん・・。