ふぁああああ・・・。ひまだ。
ため息のような、欠伸のようなものをするように大口を開きつつ、
椅子の背もたれにもたれながら背伸びをした。
俺、笹川匠斗。刑事になってはや・・何年。齢33になった。
まあ、昔は刑事に憧れがあった。流行のドラマに出てくるような、カッコイイバイオレンスなどをやってみたくて、つい・・出来心で刑事になった。しかし、まあ。なっては見たものの、することといえばコソドロの始末とか、落し物の分別、迷い子の保護と家出捜索。および、家出ペットの回収・・などなど。どこかで誰かが、平和なのはいいことだよ。などと呟くが、ため息が出るほど暇である。
 デスクに、でかでかと禁煙の文字が飾られているのにもかかわらず、タバコをふかしながら椅子の背もたれに体を預け、頭の後ろで腕を組む。書かなければならない書類は山のようにあるが、それには手をつけずにぼんやりしていた。
事務処理的な仕事は俺には向かない・・。
「おい、笹川。ちょっとこい。」
「ほへ?なんすかー?」
「来いといってるんだ。」
課長に呼ばれ、いやいやながら椅子から立ち上がり、彼の前に立つ。課長は一つの書類を俺に差し出しながら、呆れ顔だ。ため息をつき、首を左右に振る。
「その写真の人物をお連れしろ。二時の便で空港に着く。」
「はあ?そんなのほかのやつにやらせたらいいじゃないですか。何で俺が?」
「お前のように暇そうなやつはこの所にはいない!つべこべ言わず行って来い!!!」
頭ごなしに怒鳴られ、俺は首を竦めた。
「ああ、それから。滞在する際の、ホテルや、このあたりの観光案内もしてこいよ。」
「・・旅行にきたんすか?」
「その方はFBIの重要任務のために来日する。失礼のないようにな。」
ギロリと痛い視線に睨まれ、俺はしぶしぶその写真に目をうつす。写真は盗み撮りしたようなスナップだが、その人物は、鮮やかな金の髪に透けるような乳白色の肌。長いストレートの金の髪を右手で掬い上げ、風に髪をなびかせている。その顔立ちは息を呑むほどの美麗・・。思わず、唾を飲み込み喉を鳴らした。
「・・俺がエスコートしていいんすか?」
「身だしなみを整えろ。早く行かないと間に合わないぞ。」
「あ、あ・・。日本語は・・?俺、外国語は苦手で・・。」
「空港に着くまでに、書類に目を通しておけ。」
課長のため息混じりの言葉の後、彼はやはり首を横に振り、「早く行け!!」と、怒鳴り散らされた。
 駐車場で、黒塗りの公用車を借り入れ、助手席に書類を投げうる。心なしか、緩めていたネクタイを締め上げいつも持ち歩いているだけのジャケットを羽織る。停車信号の間に、書類に目を通しつつ、空港に到着したのは二時を十五分過ぎたところだった。課長も、もう少し早めに呼びつけてくれれば遅刻しなかったものの・・。など、ぶつくさ文句を呟きながら写真を片手に空港に入った。空港のロビーでは、いつもは人の流れがあるのだが今日に限って待合席のほうで人だかりができている。芸能人でも来ているのか?などと、その人だかりの中心を覗きこんでみると、ソファーに静かに座り、軽く足を組む人物が見えた。鮮やかな金の髪だが、写真とは違い短くカットされていて、額右方向に軽く分けられている。が・・。顔立ちは写真通り。いや、それ以上に気高く、美しい。細い華奢な体のラインに、品のあるグレーのスーツ。右手首の袖口にある時計をゆっくりとした流し目で確認し、ふ・・・と、ガラス越しの風景を眺め・・。俺はもう一度、書類を確認した。
名前は、カイル・ハウザー。27歳。日本語だけでなく、各国の公用語を自在に操る。とある。来日の目的は不明だが、・・今の彼女はまさに芸能人だ。人垣を分け入って、彼女の目の前に立ち、深深と頭を下げた。
「お迎えに上がりました。」
なんて言ったらいいかわからず、下を向いたまま声を張り上げる。すると、俺の目の前にしなやかな指先が見え、顔を上げると彼女は俺に握手を求めていた。
「突然の申し出。申し訳ありませんでした。私の名は、カイル・ハウザー。よろしく。」
吸い込まれるような真っ直ぐ向けられた目は、金のような・・茶色・・?思わず見とれていたが、ズボンで手を拭ってから握手を交わした。人垣を縫うようにして彼女を案内し、車の後部座席のドアを開ける。無駄のない動きで車に乗り込む彼女を見届けると、ゆっくりとドアを閉めて何度か深呼吸をし、運転席に回ると思わずルームミラーで彼女の姿を眺めてしまった。彼女は窓の外を眺めている。
「あ、あのー。どこか、行きたい場所などありますか?ホテルの手配は・・?」
「いえ。まず挨拶に出向きたいのですが・・。よろしくお願いします。」
「あ。はい・・。」
言われるままに車を回し、終止無言のまま所に戻った。後部座席のドアを開けると、ゆっくりとした動作で車を降りる彼女。俺は課長のいる部屋まで案内すると、その部屋のドアを閉めた。そこにいるすべての人間が、彼女にくぎ付けになって動作を止めている。しばらくして課長と共に出てきた彼女は、軽く時計を眺め目を伏せた。
「あー、笹川君。君に、彼のパートナーを頼みたいのだが、いいかね。」
「・・え・・ええ・・。」
聞き違いだろうか。課長は、彼女を彼と呼んだような・・。
「じゃあ、よろしく頼むよ。」
そう言い、部屋に戻ろうとする課長を捕まえ、女性ですよね。と耳打ちしたが、課長は怪訝そうな顔で俺を見上げていった。
「何を言っているんだ。」
そう言い、俺を部屋に閉じ込め、俺の緩み加減だったネクタイをキツク締め上げる。
「男性だよ。書類にそう記載されていただろう?よく読め。それから、絶対に失礼のないように頼むよ。」
「・・はあ・・。」
やる気が一気に失せたのは言うまでもない。
 
 課長より上のポストの人間に挨拶に行くのかと思いきや、所轄館内の人間に会釈しただけで挨拶は終わりで、今度は俺の車で観光案内をしろと彼は言う。それも、このあたりで一番広く、一番大きなモノを保管できそうな場所。と限定。いったい、何を調べに来てるんだろう・・。
「あのー、ホテルの手配はすんでいるんですか?」
「いや・・。それよりしたいことがある。・・時間がないんだ。」
呟くような声は俺の耳にうまく届かない。それでも、車を運転していると、急に止まってくれと言い出し、路肩に車を寄せると彼は一人で車を開けて歩き出す。ここは、港を一望できる高台で、ある種デートスポットにもなるが、夜は危険な場所に変わる。そんなところに彼を置いていくこともできず、俺は車を止めて彼の後を追った。海の景色は、もうすでに日没を迎えたあたりで赤と青の混濁したコントラストに彩られている。彼は、一つのガードレールに身を預けながら、じっと海を眺めていた。彼は小さくため息をつく・・。
「違う・・。ここじゃない・・。」
落胆したような表情と、口篭もる呟き。小さく首を左右に振り、唇を軽く噛んでいる。
「いったい何を探しているんですか?」
「・・・。あなたは、運転をしてくれるだけでいい。言葉も服装も普段通りで構わない。ただ、詮索しないで欲しい。」
彼は真っ直ぐ俺を見上げ、少しきつい眼差しを向けた。俺は思わずタバコを口にくわえ、火をつける。きつく締め上げていたネクタイをはずし、邪魔なジャケットを脱いだ。
「あんた、何様だよ。FBIか何かしらねぇが、偉そうに。」
「・・。」
「ホテルの手配もしないで、もう夜だぜ。どうするつもりなんだよ。不眠不休で動くのか?」
「場所が判ればあなたはもう要らない。案内してくれ。」
「はあ?」
ったく・・。ぶつぶつ言いながら車を回し、周りの景色がすべて見えなくなったころ彼の動きが止まった。軽く自分の胸を押さえ、顔が苦痛に歪んでいる。荒い息を必死に押さえながら、かすかに震える体を宥めているように見えた。
「なあ・・。どこか、痛むのか?苦しいのか?」
「・・な・・何でもない。」
「何でもないって顔じゃねえよ。」
手を伸ばし、額に触れようとしたが手でさえぎられた。その手はしっとりと汗がにじみ、心なしか火照っている。俺は車を回し、仕方なく自分のアパートに向かった。
 車を止めたが、彼は身動き一つしない。それどころかさっきよりも体を振るわせ、痛みに耐えている。俺は助手席に回りこむと、彼を抱きかかえて部屋に入り込み、自分のベッドに彼を横たえさせた。彼のジャケットを脱がし、ネクタイを取り、シャツのボタンをはずす。彼はその行為を阻もうとしていたが、その手を力なくベッドに預けた。
「・・あ・・っ」
苦しげに声を漏らす。どうしたらいいかわからず、とりあえずグラスに水を汲むとゆっくりと彼の体を抱きかかえてその口元にグラスを近づけた。柔らかそうな唇がグラスに触れると、彼の体はぴくりと跳ねるように動き、小さく首を振るが、俺は彼の頭を肩で固定し、その口に水を流し込んだ。彼は水を飲む・・というか、口に含んだが、それ以上は一切の拒否を示し・・・。抱きかかえている背中が汗で湿っていて、着替えさせようにも首を振られたら何もできない。
 彼の呼吸は荒くなる一方で・・。俺は思い切って、電話の受話器を上げた。知り合いで一人、医学の心得のあるやつがいる。しどろもどろに語ると、そいつはすぐに行く、といい電話を切ってしまった。受話器を置き彼のほうを振り向くと、彼は上半身を持ち上げ俯いている。白い肌が、まだ白く・・・。体は小刻みに震えていながら、呼吸は落ち着いたようだった。
「大丈夫なのか・・?今、医者を・・。」
「・・余計なこと・・するな・・。」
「余計って・・!!」
力んでみたものの、相手は病人・・。気を落ち着かせながら、彼をベッドに横たわらせた。彼も無抵抗で横になる。綺麗で・・・。しなやかで。ある程度濡れていて・・・。息遣いも荒い。一歩間違えれば理性の箍が外れそうなのだが、苦しげな表情からその気は失せた。
彼の呼吸が収まり、ようやく寝息を立て始めたころ。友人である医師。立花が訪れた。立花はカイルを見たとたん、俺に氷を要求し、俺は氷を近くの店に買いに行く羽目に・・・。
今日は・・厄日か?
立花に氷を渡すと、彼は眠っているカイルの口の中に、小さく砕いた氷を入れた。カイルはその冷たさに身じろぐが眠りを妨げるものではなかったらしい。
「・・なあ。どうなんだよ。」
「ああ。明らかに、これは発作による脱水症状。何の発作かは調べて見なきゃ判らないけどね。本人は知ってるんじゃないか?」
「さあ。今日始めてあった人間だからなぁ。」
「・・始めて?お前も寛大になったんだな。」
ベッドに横たわるカイルを見つめながら・・・・。俺立ち二人は妙な空間に包まれ、顔を見合わせていた。



笹川匠斗 ささがわたくと 
 33さい  182センチ
カイル・ハウザー 
  27さい  176センチ
立花
  医者。詳細なし。


  コントラスト

    〜 不真面目な天使〜