コントラスト

    〜 不真面目な天使〜
 カーテンからもれる強い日差しで目が覚め、髪をくしゃくしゃとかきまわした。
首をぐるりと回す。骨の軋む音・・。昨日は、散々な目にあった。
ふああああ・・と大きく欠伸をしつつ、ふと周りを見る。
俺はベッド脇に突っ伏して寝ていた。・・はて。昨日は・・・確か・・・。
厄介者の看病をしていたことに気がつくと、俺は空になっているベッドを眺め、あたりを見回した。そう言えば、立花の姿もない。
ゆらゆらと揺らめくカーテンの先の窓は少し開いており、そこからくる風でカーテンは靡いていた。何でそんな場所が開いているんだ・・。疑問に思いながらため息をつく。
おもむろに腰を上げてカーテンを開けると、ベランダに体を預けて俯いているカイルの姿が目に入った。風が強いのか、短い髪が流されている。
朝日を浴びている黄金の髪・・。憂いる視線・・。乱れた服。
彼は何度か、その口元に手をやり、なにかため息をついているように見えた。
考え事をしているのだろうか・・。いや、そうだとしても、病み上がりの体には安静が必要だ。俺は彼を驚かせないようにゆっくりと窓を開け、彼に近づいた。
彼は小さくこちらを伺うと、またどこかに視線を向ける。
「おはよ・・。あんた、病み上がりなんだから部屋に・・。」
そう言いかけて、絶句した。彼はため息をついていたのではなく、煙草をふかしていたのだ。呆然と立ち尽くす俺に彼はベランダを背もたれにして振り向いた。
「おはよう。一本拝借したよ。」
「ん・・あ、ああ・・。アメリカ人は煙草吸わないんだと思ってた・・。」
「ふふ・・。妙な意識だな。」
軽く肩を揺らし微笑んで・・。一瞬の動作に目を奪われる。
おれ、どうかした・・らしい。
「あ・・、あのさ。体に障るだろ?部屋に入れよ・・。」
「・・ん・・。」
カイルはまた、ベランダのほうに体を向け、ぼんやりと肘を付く。
「ま、まあ。いいけどさ。俺、召し作ってくるから・・。」
後頭部かきつつ、部屋に戻ったが、どうしてか窓を閉める気にならなくて開けっ払った。
煙草をくわえながら朝飯の用意をし、ふとカイルのことが気になってベランダに足が向く。
ベランダには、なんと。その柵の上に両足を置き、綱渡りの要領で歩くカイルの姿!!俺は思わず彼に両腕を指し伸ばした。
「か・・カイル!!何やってんだ。お、お・・降りろ・・。」
「何って、バランス感覚の・・。」
「お前は馬鹿か!?昨日あれだけっ!!」
俺は咄嗟にカイルの手を引っ張り寄せ、倒れこむその体を胸に抱き有無を言わさず部屋に戻って彼の体をベッドに投げ出した。俺は大きく息を吸い込み、ため息のように吐き出す。怒鳴り散らしたくなった。怒りが涌き出る。右手に拳を作り、それをゆっくりと開く。
「・・昨日の発作は何なんだよ。あれだけ苦しんで・・。」
「・・。ああ。あれは・・。」
カイルは黙り込み、俯く。視線が定まらず、何かを言おうとしているのか唇が少し動いたが、やはり何も言わなかった。
「もう・・。あんなことはやめてくれよ。自殺願望でもあるのかよ。」
「・・。すまない。」
一瞬の沈黙。俺はきびすを返し、台所に行くと作った朝食を運んだ。昨日、ばたばたしていたせいで何もかも残り物だが、朝の食事なのだからいいだろう・・。
「ほら、飯。食えるだろ?」
ゆっくりと顔を上げるカイル。
「な。飯食ってさ。あんたの抱えてる仕事。片付けよう。」
電子レンジにかけ、温めた残り物のご飯が入る茶碗を差し出すと、カイルはゆっくりとそれを受け取りしげしげと眺める。味噌汁の椀を机に置き、サバの味噌煮を隣において彼に箸を渡す。彼は、左手に箸を持ち、右手にあるご飯に突き立てて見せた。・・案外、不器用だ。
「こうやるの。人差し指と中指で・・。ほら、開くだろ?」
箸の使い方を教えるなんて・・。日本語ができる割には意外・・。
「これは何・・?」
「んー?サバの味噌煮。」
「味噌?」
「ああ。大豆の・・。まあいいよ。食ってみろ。」
彼はどうやっても箸が使えず・・。とりあえず、サバをつまんで彼の口に運んでやった。カイルは目を見開き・・。慌てて味噌汁を飲んで咽た。
「おいおい・・。大丈夫かよ。」
「ん・・っ・・。からい・・。」
「からい?しょっぱい・・。ん?」
言葉の壁は分厚い・・。とりあえず、カイルからご飯を奪って、オムライスを作り、スプーンを添えて出してやった。俺って・・。甲斐甲斐しいとおもわねえか??
出かけるにも、汗だくになった服から俺の服に着替えさせ、・・・と・・・。マジに。俺、奥さんじゃないんだ・・。その上運転手・・。と。
署に顔を出し、すぐに昨日と同じような場所の検索に入った。カイルは一体、何を探しているんだろうか。仕事に入ると、彼の顔は昨日と同じくして冷たい表情に変わる。口調も鋭い。次から次へと場所を移動し、昼は彼にあわせテイクアウトのハンバーガー。俺は和食がいいんだが・・。
「なあ。カイル。どのくらい、日本にいるつもりだ?荷物は?」
「・・。見つかりさえすれば今すぐにでも帰る。荷物はない。」
「ないって・・。」
「金ならある。このぶかぶかな服は動きにくい。」
そりゃ俺の服だから。などと叫んでみても、どうしようもなく・・・。ため息も出ないまま、当てもなく車を回し・・。
「止まってくれ。見つけた。」
「あん?」
「止まれ。」
否応なく車を止める。そこは高級そうなボートが並ぶ埠頭。何を見つけたんだ、と聞く前に、彼は車を降りた。真昼間、というか、三時を過ぎたあたりの港にはなぜか人気がない。ボートは風と波に揺られているだけ。どこか一点を見つめていた彼に近づくと、彼は一つの建物に向かって歩き出した。そこに書かれているのは「帆船修理工」。だが、シャッターが閉まっている。人が出入りした様子もないし、長年使ってなさそうな風格。
「なあ、カイル。そろそろ何を探しているか、教えてくれたってよさそうなもんだろ?」
「君には関係ないよ。首を突っ込まず、ここで待機していて欲しい。」
「・・・できるかよ。」
ぽつり呟いた俺の言葉が聞こえたかどうかは不明。カイルは、シャッターの隣にある扉のノブに手をかけたが、開くはずもない。それを捻じ切る力もないから、諦めるだろうとタカを括っていると、彼はどこからか針金のようなものを出して鍵穴にさし込み、容易く鍵を開けてしまった。何事もなかったように扉を開き入っていく彼を追い、中に入る。中は暗闇・・・かと思ったが、所々の隙間から光が入るせいでなんとなく物陰は見えた。ただ、その中に膨大な量と思われる荷物が山積みにされ、行く手を塞いでいた。
その荷物はすべて麻布で包まれていて、同じモノなんだろうか・・。
「なあ・・かい・・。」
「これからは名前を呼ぶな。付いてくるなら、黙ってろ。」
言葉を一蹴され、冷たい眼光に睨まれた。足音を立てずに歩くカイルの後ろを歩く。迷路のように詰まれた荷物を潜り抜けつつ、工場の中ほどまで来ただろうか。ふと、カイルの足が止まった。荷物の隙間から、光が見える。工場の穴からさしこむ光ではないことは明らかで、蛍光灯に近い光だ。カイルはその場に座り込み、麻布に包まれた荷物を背もたれに上を仰ぐ。発作が起きているようには見えないが・・。疲れたのか?
しばらく黙り込んでいると、奥から話し声が聞こえた。が、日本語じゃない。俺は英語のヒアリングさえ身についていない・・。まったく、分からない会話。ただ、その場にいるのは三人だ、ということぐらいは分かったが、カイルを見ても微動だにしない。
不意に、カイルにズボンを引っ張られ、膝をつくと、耳元で「ここにいろ」とだけ囁かれた。代わりになるように彼は立ちあがり麻布の山のほうに歩いていく。一度も、俺のほうを振り向くことはなかった。三人が慌てたような声をあげる。そこへカイルの声が入り・・。なぜか、三人の声は穏やかに変わった。それどころか、なぜか・・。カイルの存在を立てているように思える。光の隙間から向こうを眺めようと意識を向けたとたん・・・・。後頭部に激痛が走り・・。俺はその場に崩れた。








笹川匠斗 ささがわたくと 
 33さい  182センチ
カイル・ハウザー 
  27さい  176センチ
立花
  医者。詳細なし。