夜の月の殿様
昼間。僕はばあちゃんに連れ添われて神社に行った。森のように立ち並ぶ木々の間の道を通り、建て替えられたばかりのような新しい社の前に立つ。僕はばあちゃんにお賽銭を貰って、賽銭箱の前に立った。その社の中を覗くと、暗い中におじぞうさんのように胡座を掻いて座る人のようなものが見える。
「ばあちゃん。中に誰かいるよ。」
「ああ。ここの神様だよ。さあ、おいで。」
僕はばあちゃんに言われるがままに、神社に賽銭をいれて鈴を鳴らした。神社の名前は古い墨文字で読めなかったが、ばあちゃんに聞くとシュクマさまだと教えられた。
「シュクマさま?」
殿様が言っていたお坊さんの名前とおんなじ名前だ。
「ああ。少し、悪い悪戯のようなことをしてしまった。それを悔いて、生き仏様になられた御方がここに住まわれている。」
「悪戯って?」
「さぁ・・。ばあちゃんには分からないなぁ。」
ばあちゃんがここに僕を連れてきてくれた理由は、夜になるとわかった。お祭りが行われたのだ。お祭り、といっても、小さなかがり火が二つ神社の前に置かれ、その前で巫女さんが三人舞を踊るだけ。参加する人数も疎らで、活気に満ちているとは思えなかった。舞が終わると、僕の手に気彫りの盃が置かれ、そこにお酒が注がれた。それを零さないように運び、神社の中にある神様の前に置く。神様は、ミイラみたいなものでぼろぼろの服を着ていた。この人が、殿様が言っていた面白いお坊さんなんだろうか・・。僕には、殿様のような幽霊は見えなかった。神様は幽霊みたいにならないんだろうか・・。ばあちゃんは後の片づけがあり、僕は先に家に戻り、ばあちゃんがやっていたように盃を縁側においてお酒を注ぎ入れる。ちょっと入れすぎて零してしまった。外に出て、月を探す。殿様は月のある晩にくるっていっていた。雲の切れ間に輝く月は・・綺麗な三日月で・・。それを見つけ、縁側を見ると殿様がもうお酒を飲んでいるところだった。
「今日、お祭りだったんだよ。見た?」
「・・俺の祭りじゃない。」
「うん。シュクマ様って言う神様のお祭りだって。綺麗なお姉さんが踊ったんだよ。」
「・・ああ、巫女か。俺も、舞を見るのは好きだったな。」
「でもね。僕にはシュクマ様が見えなかったんだ。殿様は見えるのに。」
「あいつは・・。あの場所には残らなかったからな。ずーっと、俺との約を気にして悔いていた。俺は別に、気にも留めてなかったんだけどなぁ・・。」
殿様は空を見上げて軽く笑うと、少し目を細めた。
「あっ。約束!殿様、約束は何だったの?思い出した?」
「んー。忘れておらんよ。あいつは、俺に、ここを守るように言ったんだ。」
「守る?」
「ああ。呪うんでなく、守れ。月の出る晩は、こうして酒をくれるから。酒が途絶えたなら、呪い殺してもかまわんとな。この家のものは、俺を殺した一族が住んでいるんだ。それを、酒一杯で守れというあいつは・・阿呆だ。」
殿様を殺した一族・・・。それは、僕も入っているんだろうか・・。殿様は笑うが、僕の顔はひきつっていた。
「ねえ・・。僕も、そうなの?お酒出さなくなったら、僕は殺されちゃうの?」
「・・この家に住まうものならな。俺はあのウツケがだし、契ったものを守るのみ。もう、随分と薄れた血だが、この家に住まうものなら同じ事。」
「もし、この家が壊れちゃったら?」
「・・有り得ん。わしがここを守る以上な。」
・・・。「わし」そう、自分のことを呼ぶ殿様はゆっくりとお酒を口に運び、喉仏を動かした。結った髪がゆっくりと動く。
きっと・・・。シュクマ様は・・。ここを離れることができないままの殿様を、この家に縛り付けてしまったことを悔やんだんだ。ここから離すことで成仏する殿様を・・永劫のときを止めてしまった。それを悔やんだんだ。気にしてないって言う殿様の顔。そうは見えなかったよ・・。
悔やんで死んだシュクマ様を宥める為のお祭りがあのお祭り。殿様を宥めるのがお酒・・。それでも、殿様は・・・。
「どうした。急に黙りこんで。」
「・・・。僕。殿様が可愛そうだよ。」
「何故だ?」
「だって、・・・。ずっとずっと、ここから離れられないんでしょ?寂しくないなんて嘘だよ。」
殿様は笑った。空を見上げて・・。
「俺はまだまだ。怨んだものを償えない。父も、母も。好いたものすら怨んだ。俺を助け、生きる事を教えたはずのもの達を憎み・・・。惨い殺し方をした。その報いだ。」
「でも、もう終わったんだよ。全部・・変わったのに。殿様だけ変わらないなんて・・酷いよ。」
「変わらんモノは他にもある。この家も。月も。俺の時も。」
「・・。」
「俺を怨み、死んでいったもの。・・・。躯は朽ちても、想いは残る。」
「変えられないの?終わらないの?」
「・・さて・・。俺には分からんよ。」
「シュクマ様も?」
「ああ、あの阿呆にも。分からんかったから、あいつはああやって死んだ。もう一度・・。あいつと酒を酌み交わしてみたかったものだ・・。」
殿様は物憂げに・・盃をあおる。空を見上げ、微笑む。
「ねぇ。好きな人は・・死んじゃったの?」
「・・ああ。護れんかったな・・。首だけが戻った・・。戻っただけ・・。気は・・紛れたが・・。」
僕は・・。殿様に聞いてはならないことを聞いてしまったような気がした・・。黙りこくったまま、酒を飲む殿様の顔はいつも笑顔で・・僕が寂しいのだ。
空が曇り、月が見えなくなったら殿様の姿も消えてしまった・・。月はそこにあるのに。見えないと駄目なんだな・・。今、殿様は何処にいるんだろう。見えないだけでここにいて・・お酒、飲んでるのかな・・。
その日。僕はばあちゃんが寝ろというまで。庭に出て月が出るのを待った・・・。