博士。そう、ルーブルの口から出た言葉は、俺を黙らせた。脳裏にくっきりと浮かぶ、Dの面影は優しく笑う。あいつはもう、死んだはずだ。俺が看取ったじゃないか。俯き、ごくりと喉を鳴らす俺の肩を抱くフラネルロ。その彼女の胸に抱かれる金髪の子供・・。
「・・D・・・。」
よく眠っているD。柔らかい髪に指を絡ませながら、ふうっと息を吹きかけると、その髪は緩やかに揺れた。
「ルネ。お前と、博士の間に何があったかは知らないが・・。」
「しらねぇんなら言うんじゃねえよ。」
俺は小さなDを眺めながら、ぽつぽつと思い出したことを頭の中でまとめていった。俺は、彼が死んだ後に約束をしていたんだ。カークに手伝ってもらいながら・・。・・何をしたんだっけか。重要なことが思い出せずにいるが、後々思い出すだろう。Dが生まれてから控えていたタバコを口に運ぶと、フラネルロは子供を抱いたまま俺から少し離れた。ライターで火を点し、紫煙を燻らすと間白い煙を吐き出す。俺はそのまま立ちあがり、いつものように支度を整えると部屋を出た。博士のいる場所はたぶん、カークが知っているだろう。長い黒髪のロボットを探せば彼のもとに辿りつけるはずだ。街の中を探しに行こうかと足を向けたが、俺は何故か家からほど近い公園に向かう。その公園に入り、噴水近くのベンチに腰を下ろすと、燃え尽きてしまっているタバコを灰皿の中に投げ入れた。ここで・・。カークにであった。ベンチに座ってタバコをふかすこと2時間。突然、噴水の水が止まり、水が全て引く。その真中のモニュメントが形を変え、・・中から一番出会いたい人物が現れた。
「・・遅い!!」
「仕方がない。彼の時間はもう、残されていない。私の動きも制限されてきた。」
「・・。」
俺はベンチから腰を挙げ、カークのいる場所まで歩くとその噴水の中に入りこんでいった。俺達が入ると、噴水はいつものように水を吹き上げ始める。噴水の中は真っ直ぐに伸びた筒状のエレベーターが一本走るのみで、重苦しい空気が体を包みこんだ。
「・・本当に、あいつなのか?」
「そうだ。だから私はこうして動いている。お前が作り出したのは彼であり、彼でない。私は彼では動くことはできない。」
妙な暗号のような言葉が終わり、しばらくして俺立ちは最下層にある空間に辿りついた。そこは、懐かしいような場所だが、もう二度と入り込むことはなかったはずの場所。愛しい彼が永久の時を眠る場所だ。静かに歩き出すカークの後ろを歩き、ある部屋に入る。そこは彼が実験を行っていた場所だった。冷たい部屋は相変わらずで、居心地が悪い。それに・・。血の匂いが微かだが香ってくる。その匂いがする方向に向かうと、俺の目の前には体中管に繋がれた妊婦が横たわっていた。その顔は虚ろでただ生かされている状態。体に射し込まれている管の何本かは赤い血液が絶え間なく送られていた。その体には縫合跡が幾つも残されていて、本来の体は・・腹部のみの状態。いつかの事件で行方知らずになった女の顔は一度切り落とされたらしく、首に縫合跡が見えた。その彼女の腹に触れようとした途端、
「触るんじゃない!!」と男の声が響く。その声の主は、彼ではない。
「その女が産み落とそうとしているのは世界の覇者だ。」
その声がするほうを見ると、車椅子に乗った白髪の老人がこちらを向いている。その隣には、ふらふらと体を揺らした青年・・・。白いシーツに包まれた・・彼だ。だが、彼はもう病が進行してしまっていて自分を支えきれていない。老人は自分で車椅子を回しこちらに近づくと振り向いて彼を呼びつけた。
「おい、何をしているんだ!!侵入者なのだから殺せ!!」
よろよろと歩き出す彼。俺は自分から彼に近づき、倒れこむ彼を胸に抱き寄せた。彼は・・。そのままゆっくりと目を閉じて少し大きく息を吸いこむと、もう・・動くことはなかった。
「何をしているか。役立たずめ。」
老人は俺達のことを気に止めない様子で、奥へ戻っていってしまった。俺は胸に沈んだままの彼の鮮やかな金の髪を撫でる。
「・・。俺は・・。二度も助けられなかったな・・。」
彼を抱き上げ、カークに手渡す。カークは、この彼の体を棺に納めるまでが仕事で、その部屋まで彼を抱きかかえていくともう二度と戻ってはこない。俺はそれを見送ることもなく、老人の後を追った。老人は一人でメインコンピューターの前に佇んでいる。
「なあ、おっさん。あんた、目的があるんだろう?あいつを蘇らせてまでしたかったことはなんだよ。」
彼は振り向くことなく、声高らかに笑い飛ばした。
「なあに。もうすぐ、完全なものが生まれるわ。私が眠りについてまで、長年追い求めたものがやっと手に入る。」
「だーかーらぁ。それってなんだって聞いてるだろ?」
「・・国だ。私はこの世界の全てを牛耳る。あの子供と一緒にな。」
「作り上げたガキと・・ねぇ。そいつが成長する前にあんた、死んじまうぜ?」
「ふ。体ならいくらでもある。そのためにあんな出来損ないを造ったのだからな。もう、何十体が死におったか。」
俺は・・。産声を聞いていた。その子供は自分で立ちあがり、臍の緒を切り、ぺたぺたと歩き出す。作り上げられた生命体・・。
「ああ。好きにしなよ。」
「・・お前はなんの為にここにやってきた。」
「さぁね。あいつを助けるはずだったんだけど、全部死んでたら意味がないしな。」
俺は久しぶりに着けていた額のものを外すと、目を閉じる。そして・・額につけた装置に全ての意識を注ぎこんだ。キーンと耳鳴りがし始め頭が割れそうになる。ぺたぺたと聞こえていた足音も聞こえなくなり、俺は・・。静かに力を放った。見た目は何も変わらない。部屋も、装置も。何一つ変わらない代わりに、一つだけ代わったものがある。
「何をした?」
「さぁ。後でわかるよ。ああ、それから。あいつが苦しんだ分、あんたがそれを受け取るんだな。」
「はっ。何を言うかと思えば。」
「ああ。もう一つ。ガキは育てようだぜ?」
俺はくるりと身を翻し、立ち竦んでいる子供を抱えてあのエレベーターに乗りこんだ。地上に出た後にエレベーターの機能を破壊する。噴水は一瞬水を吹き上げるのを止めたが、また持続的に弧を描くように水を放ち始めた。俺はその水で抱えていた子供を軽く洗うと、そのまま家に戻る。
「おおーい。これ、拾ったぞ。」
そう、深刻な表情で固まっている彼らに子供を掲げて見せた。
アレからもう、5年が経つ。簡単に済ませてしまったように思えた事柄だが、今だ、あいつの遺産は生きていて世界を揺るがせている。その始末に終われる日々だが、子供達はすくすくと成長してくれているのでありがたい。拾った子供はディラスとつけた。俺が彼に埋め込まれていたはずの物を壊してしまったために、今は普通の子供だ。あの、彼に似た双子のような子供。まだなかなか思い出せないが、いずれ思い出すのだろう。俺の経緯と、彼のこと。彼が作り上げたもの。そして・・子供達のこと。今は記憶を揺さぶり興すことはしたくない。
「パパー。珈琲っ。」
よたよたとした足取りで、二人の子供が一つのカップを掲げて持ってくる。危なっかしいが、手を差し伸べると今度は彼女のほうが怒るのでやめた。自立、だというが・・。ようやく机に置かれたカップを手にするとそれを子供達は見上げた。・・ああ、誉めるんだっけ・・。
「ありがと。・・・なぁ。お前ら。でっかくなったら何になりたいんだ?」
ディーは首を傾げたが、ディラスは世界征服!!と言いきった。
「それで、ママを幸せにしてあげるんだ。ラティスんち見たいにおっきなお家に住んで、ご馳走いっぱい食べるの。」
リアクションも大きく、身振り手振りが入りながら目を輝かせているディラス。
「オー。悪かったなぁ。びんぼーで、ちっちゃな家にすんでてさ。で、ディーは?」
「うーん。僕はねぇ・・。」
彼は首を小さくかしげ、屈託なく笑う。
「なぁーんにもならなくていいから、ずっとずっとルネと一緒にいたい。ずっとずっと!!」
「アーラ。パパ冥利に尽きる言葉ねぇ。ルネ。電話よ。ルーブルさんから。」
俺は天国にも上るような気持ちから、一気に地獄に突き落とされた。珈琲カップを机に置き、受話器を耳に当てる。
「はい?」
「・・相変わらず、不機嫌だな。」
相変わらず嫌な声だ。その声は続いた。
「人の力ではない殺しがあった。きてくれ。」
・・・・・・。嫌な予感。平穏だったのにまた、始まるのか??
以上。終わり。
アトガキナド。
いろいろなことを不明のまま終わらせました。
さて、続きが在るかどうかはわかりません。
はてさて???
どうしても知りたい方は、メールなどくださいな。
質問にお答えします。