「アメリカ?三年間も・・?」
ベッドの中で、裸の高梁がポツリ洩らした言葉。研究のため、アメリカに渡りたい・・と。
情事を終え、その快感に耽りながら眠るだけのときを、衝撃に包まれた感じだ。行きたいというのを止めることは出来ないし、長年研究してきたことの成果をあげるためだということは解りきっている。男として、それは願ってもないこと。・・でも・・。
「・・行ってこいよ。その代わり、俺とはわかれよう。」
「あゆき??」
「俺、お前みたいに待つだけなんて出来ないし、お前も向こう行けばどうなるか解らないだろ?当然の選択だと思うぜ。」
「あゆき、俺は・・。」
「頑張れよ。お休み。」
彼にぐうの音も出さぬよう、ベッドに寝転がる。彼の腕を・・枕に。


「おは・・・え??」
高梁が俺を起こす前に、俺は一人で起きてきて料理をする高梁の後ろに回った。
「おはよう。今日の飯、何?」
「え、あ・・。何がいい?」
「フレンチトースト。珈琲。」
「あ・・ああ。あゆき、フレンチトーストは好きだよな。・・ああ・・。」
珈琲を注いでもらいながら、時計代わりに付いているテレビをぼんやり眺め、煙草を吹かす。冬も本番を迎え、首都の天気も今日は雪・・。占いはラブ運が最高。約束事は今日するべき・・と、コメントつき。
甘いいい匂いが漂い、出来たよ、と高梁が俺を呼ぶ。昨日の今日で、・・夜には、彼はここにいない。言い出しにくかった。彼が最初に言った一言だが、もう飛行機のチケットを購入済。俺が行くなと止めても止めなくても、行くつもりだったらしい。それでこそ立派な仕事に燃える男。・・。でも少し、寂しいな。彼の荷造りのため、病院を休んだ。もう少し、長く一緒に居たいから・・。
「あゆき?できたってば。」
「うん。・・行く。」
いい具合に焦げ目のついたフレンチトースト。朝の珈琲はアメリカンで、今日のサラダはサラスパ。
だんだん片付いていく高梁の私物。手伝う。なんていっても、見ていることしか出来ない高梁の動き。
「なぁ。あゆき。」
「んー?」
「三年なんて、あっという間だろ?」
「そうかなぁ。」
「・・そうだよ。だから・・わかれるなんて・・言わないでくれよ。」
「三年間はわかれてるだろ。必然的に。男なら燃えてこいよ。」
「・・燃えてって・・・。はは・・は・・。」
乾いた笑いなんて要らない。今は、見ているだけでいい。会話も疎かになるぐらい、彼に穴が開いてしまうぐらい見つめていたい。間がもたなくても・・いい。

 夜。案の定、雪がちらついた。笠原さんが運転で、俺は空港入り口付近で車を降り、窓を開け、不思議そうに見上げる高梁に手を振った。
「最後まで見送り・・出来ないから。じゃあな。元気で・・。」
精一杯の笑顔で手を振る。車から降りようとする高梁を笠原さんが制止し、車は空港に入っていった。しばらく棒立ちにたっていたが、空を飛んでいくジャンボジェットを何機か目で追い、空を仰ぐ。煙草を一本、ゆっくりとふかし終わる頃。笠原さんは戻ってきた。幾つ目の機で行ったんだろう・・・。
「あゆき。」
「なに・・?」
「呑みに行くか?」
「・・・そう・・だね。成功を祈って・・。」
「・・ああ・・。」


 
 平穏無事に、三年なんてあっという間に過ぎて・・・。
俺は去年、小児科の医院長になり、毎日忙しい。といっても、家族ぐるみの会議に出るだけなのだが、
往診等の普通業務も手がけているのであいつのことを思い出して耽ることも許されないような立場だ。笠原さんは大学の助教授になった。心理カウンセラーもまだ続けているが、何故か毎日のようにこの医院長室に立ち寄っては珈琲を飲みにくる。暇なのか、忙しいのかわからない人だ。この医院長室は専ら、煙草を吸いに立ち寄る場所になった。病院内は禁煙・・。当然かもしれないけど、愛煙家にとって苦痛・・。休むまもなく、カルテを眺め・・。
 トュルルル・・・カチ・。医院長、急患です。
・・不意に鳴る、呼び出し音。そこに人がいるわけでもないのに「ハイハイ」と返事をし、煙草を揉消した。ドアから出ようとの部に手をかけると、ノックが聞こえて扉は自動ドアのように開き、兄がつけた俺の秘書が現れた。有能、美人秘書・・。だが、あまり会話を交わす時間がない。
「何だ?」
「お手紙です。」
「お・・。」
差し出されたものを気軽に白衣のポケットに突っ込み、足早に病院内に入る。ナースが一人駆けつけたが、何故か何も言わず一緒に歩いた。
「・・患者の病状は?怪我?」
「あ、呼吸が止まっていて・・。」
「違う。何をしてきたんだ?」
「交通事故です。」
「だから、どんな状況なんだ。カルテは?」
「あ、えっ・・と・・・。」
「なければ口答。」
「あ・・う・・。」
「・・。まったく、君はいつまでたっても使えない!学校に行きなおせ!」
「すっすみませんっ。」
そうこうしているうちに救急センターに到着し、周りのナースから事情を聞き処置にあたる。毎年毎年使えないナースは一人や二人いるものだが、着実に使えるようになってくれば嬉しいものだ。妙な親心はさておいて患者の処置を終え・・。一息つく間もなく、患者の容態急変の知らせが飛び込む。駆けずり回り、外来患者の座る喫煙コーナーの椅子に座り込んだ。外来検診は終わったらしく、閑散としている。ワイシャツのポケットに入れておいた煙草を取り出し、咥えると白衣のポケットの手紙のことを思い出し、煙草をすう合間・・と、手紙をあけた。差出人は、「高梁紬」。三年間、一通も送って寄越さないあいつからの手紙・・?便箋は、書き損じたらしいカルテの裏・・。何を急いでいたのやら。苦笑もさておいて、文面に目を落とす。文字はカルテの続きらしく、ドイツ語。英単語も数箇所混じっている。
 
  あゆき。元気にしているか?俺は今、こちらでの研究を一段落つけたところだ。
  俺、結婚することにした。病院に寄るから、待っててくれ。

・・・・・・・。短すぎる文。
「結婚・・かぁ。」
やっぱり、三年間離れてるって言うのは・・そういう落ちになるものかな。溜息付きつつ、煙草を灰皿に擦りつけて手紙を封筒に戻した。
「誰が結婚だって??」
「え?」
不意に顔をだす笠原さん。神出鬼没だ・・。しかし、手にはやっぱり珈琲を持っている。
「え、ああ。高梁が・・。」
「ほー。やっと気持ちが固まったのか。」
「やっと・・?」
うんうんと頷く彼。彼は、俺の知らない何かを握っている重要人物。また、なにかを隠して・・・。
「結婚・・。か。俺も、身を固めようかな・・。」
「ああ。いい奥さん紹介するよ。」
俺に珈琲を渡し、彼は俺の煙草を一本取ると口に運んだ。
三年間。寂しくなかった。なんて言わない。でも・・。帰ってくると・・。思ってた。自然に、視界が滲み涙が頬を伝う。眼鏡の淵に涙が溜まって、眼鏡を外して涙を拭った。
「おい・・あゆき。」
「・・なんか・・切なくて・・。ごめん・・。」
肩を叩かれつつ、珈琲を口に運んだが、・・甘い。
「笠原さん、砂糖・・入れるほうでした?」
「んー。誰かさんに影響されててね。ついつい入れちゃうんだけどさ。美味しくないね。」
「・・は・・・ははは・・。」
誰かさん。誰・・・なんだろう。煙草も吸い終わり、部屋に戻ろうと立ち上がると、外来口から一人の男が病院内に入ってきた。見たことあるような・・ないような・・・。髭を蓄えた奴に、知り合いは・・?病院の会議に出てた人・・・?うーん・・。その人物は真っ直ぐ俺たちの前にやってきてにこりと笑った。
「あゆき。久しぶりだな。」
「そ・・その声・・。た・・たかはしぃ?」
思わず指差し確認をしてしまった。どう考えても、これは彼と違う。髪も伸ばしっぱなしのを後ろでゆるく結んでいるだけで、清潔感というものに不足する・・。
「ああ。笠原さんも、お久しぶりです。」
「おう。ほら、立会いのために忙しいところやってきたんだぞ。早くしろよ。」
「はは。すいませんね。」
唖然・・。呆然。呆気。彼らの会話が耳に届かず、俺は高梁の顔を眺めつづけた。あんな料理上手が、頬もこけているし・・。髭って言ったって、無精髭が伸びて・・。
「あゆき。俺、決心したんだ。」
「・・決心って・・。結婚のことだろ?今、読んだ・・。どんな人なんだよ。紹介・・。」
言い切る前に、また目頭が熱くなる。妙な悔しさが胸の奥をつく。
「紹介も何も。ちょっと待って・・。」
彼はごそごそと上着のポケットを探り、小さな木箱を俺に見せた。それをパコっとあけると・・。銀色の指輪が入っている。
「お前・・何の研究してたんだよ。」
「んー?趣味で、木工に励んでた。この箱も手作り。って、それより・・。」
コホン。そう一つ、咳払いをすると彼は身を固め、緊張気味になる。
「あゆき。三年間。ずっと迷い悩んでいた。十年待っていたときより、ずっとずっと苦しかった。」
「・・。」
「そこで、一つの答えを見つけたんだ。あゆきが・・嫌でなかったら、この指輪を左手にはめてくれないか?」
「は・・・?」
「結婚してください。俺と。」
「・・・結婚って・・・。答え・・は?」
笠原さんはポン、と俺の肩を叩く。
「鈍いな。相変わらず。これが答えなんだよ。」
「ええ?」
「・・俺のものにしちゃえば、とりあえずは・・・。ヤキモキしないかなぁって・・。ずっと傍にいて欲しい。誰のものでもない、俺のあゆきでいてくれ。頼む!」
深深と頭を下げられ・・・。やっと理解した。結婚って。決断って・・。答えは・・。
「・・嘘・・。」
「・・駄目か?あゆき・・・。」
放心状態のまま、頭を上げた彼の目を見つめた。今までと同じ、優しい目・・。ずっと差し出されたままになっている木箱から指輪を取ると、それを高梁が受け取って俺の左薬指にはめた。サイズがぴったりなのが怖い・・。
「お。ご両人。お幸せに〜〜。」
何処から出したのか、紙吹雪を撒き散らす笠原さん。
「立会人って・・こういうことだったんですか。笠原さん・・。」
「もっちろん。」
三度目の紙吹雪を撒き散らすと、婦長がつかつかとやってきて笠原さんにほうきとちりとりを渡した。今までいた人には怖い存在の頭が上がらない伝説婦長・・。
「医院長。煙草はお部屋でなさってください。医院長自身がおやりだと、示しが付きません。笠原さんっ。片付けていってくださいよっ。」
俺も笠原さんもぺこりと頭を下げるしかなく・・・・。
「婦長・・怖くなったんだな。」
「忙しいんだよ。彼女も・・。」
不意に起こる笑いの渦。目の前に来た銀色のリングが笑いを止めた。
「あゆき。これから・・。」
高梁が何か言おうとしたが、院内アナウンスが俺を呼んだ。
「ごめん、行くよ。」
「ちょ・・。話がまだ・・。」
「後々。いくらでも出切るだろ。これからなら。」
呆然と突っ立ち、後頭部を掻く高梁の胸元を掴み、引寄せてキスをした。
「誓いの口付け。」
耳元で囁くと彼は真っ赤になる。そのまま胸元の手を離し、アナウンスが示した場所に足を向けた。これからきっと、始まる。思い込みではない、恋心。


         おわりじゃ











 あとがき
 思い込み、恋心。終わりまして、ははは。
 HP作って、初めて終わりを迎える話ですね。
 いやー。どうでしょう。
 頑張れ、って感じですかね。
 恥ずかしい終わり方ですが、
 彼らなりの努力を認めてください。
 ではでは。
 他のものも、読んでくださいな。