告白
海都に呼ばれ、食卓に向かうとそこにはおじいさんのほかにサムイを羽織った中年の男女がいて僕に向かって深々と頭を下げた。僕もつられて頭を下げる。女性に案内されつつ、純和風の部屋の中、座布団の上に座る。海都が料理を運んできて席につくと、お爺さんがうやうやしく口を開いた。
「昨日ご到着の、藤咲幸之助様です。旦那様の孫に当たり、若旦那様のご子息。しばらくご滞在いただけるのでしょうな?」
そんな彼の一言に僕は言葉を飲み込んだ。正直、どうしていいのかわからないでいる。取材旅行と銘をうってきた手前、何の写真も撮らずに帰るのは忍びないし、かといってここに滞在しなければならないという理由はない。少し目を伏せ、小さく頷いただけで返事をとどめておいた。
「自己紹介が遅れましたが、わしは畑中勇慈。旦那様がいらっしゃったときからここに勤めて居る。そして、こっちが、本匠勝年、文恵夫妻。食事担当が二人の息子の海都。伊豆のホテルの原点といわれるが、従業員はこんなものじゃ。」
「畑中さん。長い話は疲れますよぉ。坊ちゃんもお腹空いてるでしょうし。」
そんなハタナカフミエの言葉にお爺さん・・畑中さんは苦笑する。
「そうじゃな。話は食事を終えてからでもできるか。さあ、坊ちゃん。遠慮なさらずにどうぞ始めてください。採りたてのものだ。新鮮ですぞ。」
「・・あ。はい。頂きます。」
食事は、朝食とは思えないボリュームで、でもとても美味しいものばかりだった。山菜ずくしの料理なんて滅多に食べられるものじゃない。苦い。そんなイメージのふきのとうも風味がよく、驚くことばかりだった。僕が料理関係のフォトを撮る人ならもう少し深い言葉がいえるのだろうけど、残念ながら美食家でもなんでもない。本当に・・美味しい。その一言に尽きてしまうものばかりだ。食事後に運ばれたお茶も、普段口にするものとは違うような・・。
「・・これは?」
「薬草を煎じたようなもの。ですな。まずいですか?」
「あ・・いえ。不思議だなー・・って。料理も、とても美味しかった。毎日採りにいかれるのですか?」
「ああ。毎日。明日の朝は少し早起きして、山に行って見てはどうですかな。海都に案内させますで。」
「・・早起き・・ですか。はは・・。」
皆が揃っているときに話さなければならないこと。食事の後ともあり、煙草を欲する体とどう話していいか判らない苛立ちが募る。畑中さんが気づき、僕の前に灰皿を出してくれたが、僕はただ俯くばかりで飲み込んだ言葉を吐き出すことが出来ないままだ。それでも、深呼吸をして頭を上げる。畑中さんと目が合い、僕はようやく口を開くことが出来た。
「あの。・・僕がここにきた理由を・・。」
「旅行・・ではないのですかな。」
「え、ええ。それが・・。父のことで・・。」
「若旦那様がどうかなされましたか。」
僕はただ頷いた。彼の若旦那様の声に夫妻も立ち上がろうとしていたのをやめ、身なりを整えた。
「旦那様はお元気で・・?」
僕は首を振った。
「父は、先月。・・他界しました。僕はその報告に・・。全ての業務は父の友人であり、共同経営者の花園将成さんが引き続き執り行います。ホテルは心配ない・・と。」
言葉を失ったままの人達。僕は手持ち無沙汰もあり、煙草をくわえて火をつけた。紫煙が天井に上がる。
「・・そうですか。若旦那さまも・・。奥様はご健在・・で?」
「いえ。母も。父の死ぬ一ヶ月ほど前に・・。」
「そうでしたか。・・老い惚れだけが残ってしまいましたなぁ・・・。」
そんな畑中さんの一言。僕は慰めの言葉一つとしてかけてあげることは出来なかったが、僕自身が軽く笑うことで彼も笑いを取り戻してくれた。
「坊ちゃんは、ホテル経営に参加なされないんですか。」
「ええ。僕はそういうの・・不向きなんで・・。今はフリーのカメラマンなんです。まぁ、売れてはいないんですけどね。」
そういった下らない話を交えた後でも、畑中さんは背中を丸め、しわがれた手で湯飲みを深く包んでいた。いたたまれず、僕は席を立つ。部屋に戻り、窓に腰を下ろして外を眺めた。ぷかり・・と紫煙をくぐらせつつ、外の音に耳を傾けた。水が流れ落ちる音と、鳥の声。木々のせせらぎ。それと・・ふと視界の中に飛び込む白い鳥。その鳥はしばらく旋回した後に、ヒューイっという口笛に似た音に光れこの山荘の一部屋の中に入っていった。奇妙な興味が湧き、ふと屋敷の中を散策すると、一番谷川に近い部屋の戸が少し開かれていて、こっそりと覗き見た。そこには海都があぐらをかいて座っている後姿が見えて・・その、海都の腕にはあの白い鳥が止まっている。白い鳥は遠目で見たときより随分と大きくて・・。その鳥にみとれていると海都が気づき、スパンっと勢いよく戸が開かれ・・・・・。僕は不審者になってしまった。無表情で見下ろされる海都の目は・・なんだかやましい気分に陥る僕には痛くて・・冷たい。
「何かようですか。」
「・・あ・・いや・・。鳥が入っていって・・気になっただけで・・。あの、覗き見するつもりじゃあ・・・。」
海都から伸びるその手が僕の腕を掴み、僕は海都の部屋に引っ張り込まれた。一瞬。殴られるかと思って首を竦めたが、彼は黙ったまま扉を閉めるだけだった。そして、僕に座布団を差し出すと彼は畳の上に直にあぐらをかいて座る。さっきの騒ぎで逃げてしまったのか、鳥は部屋の中にはいなかった。僕は言われるまま座布団をひき、その上に座る。彼は黙って右手の指を口に入れるとヒューイっとよく響き通る音を出した。あの音は口笛じゃなくって指笛だったのか。しばらくして飛んで来た白い鳥は海都が差し出す左腕に止まり、2、3度足踏みをして落ち着く。顔の正面につく大きな金色の瞳。太いが鋭いくちばし。ずんぐりむっくりに見える体。カギ爪の・・足。海都の腕に食い込んでいる。
「フクロウ。棗って呼んでる。」
「棗・・?君が飼ってる・・の?」
「いや。呼ぶと来るだけだ。こいつがチビのとき、森で巣から落ちていたから・・。」
「助けたんだ。」
海都は首を振るが、その表情はなんだか穏やかで優しげに見えた。
「明日。山に行くか?」
「え・・あ・・。うん・・。足手まといだろうけど・・。山の写真撮っておきたいし・・。でも、邪魔だよね。」
「・・じいさん、あんたのことお気に入りだから。」
仕方ない。仕様がない。そんな言葉が後に続くような気がした。それでも、彼は「昼」と一言続け、棗を外に放つと僕を残して部屋を出て行ってしまう。僕自身がここにいても仕様がなく、部屋に戻りカメラを手に山荘を出た。