続・貞視 帝司という男
雪が降るんじゃないかと思われる寒い月曜の夕方。今日に限って、早く帰ってきた貞視は居間に出したばかりのコタツにもぐりこんで机に突っ伏している。多分、寝ているのだろう。パソコンから離れ、夕食の準備にと居間を通ったが起き上がらない。眼鏡をしっぱなしで気持ち良さそうに猫みたいに背中を丸めている。起こさないように背中に毛布をかけてやり、そっと眼鏡を外した。意外と・・まつげ長いんだな・・。そう感心しつつ、台所に立つ。寒いから・・おでん?いや、具材がない。そういえば鶏肉があったから、水炊き・・。昆布、あったかな。とりあえず冷蔵庫を物色している最中、インターホンが鳴った。電池が無いのかやたらゆっくり鳴り、音も掠れている。ハイハイ。と独り言を呟きながら玄関のドアを開けると、そこには懐かしいような顔がいた。
「おお。赤阪。どうした?」
「近くに来たからさ。あがっていい?」
「ああ。どうぞ。」
がっちりした体型の彼は、元会社の同僚、赤阪照吾。招き入れ、彼が着ていた茶色いコートを壁にかけようと、ハンガーを探しに隣の部屋に行ったらどさりと何かを落とす音が聞こえて振り向いた。ハンガーを持って部屋に戻ると、赤阪は足元に鞄を転がして何故か打ち震えている。
「どうした?」
「な・・な・・。こ、こいつは?」
「ただの同居人。」
「ど・・同居・・人?」
「ああ。こうなった経緯は聞くなよ。面倒。おい、ほら、コート。」
「あ・・・あ、ああ。」
何故か酷く動揺している赤阪を尻目に、俺はまた台所に戻った。鶏肉潰して団子にしようか・・。人間増えたから・・うどん・・?
「なあ、赤阪。酒呑むんだったら買ってきてくれよ。昨日で・・品ぎれだったような気がするんだ。」
冷蔵庫から顔を上げると、何故か赤坂も貞視も立ちあがってコタツを挟んで睨み合っている。あいつ等・・・何やってんだ?
「おい・・。貞視。赤阪。何やってるんだよ?酒呑むんだったら買ってきてくれよ。飯、つーか、つまみ何がいい?」
「何でもいいけど・・。こいつ、誰?」
振り返る貞視は、眼いっぱい目を細めている。変な顔。
「眼鏡、机。そいつは同僚だった、赤阪。なあ、何でもいいってさぁ。」
「同僚〜?」
「そう。酒どうするんだよ。もう無いんだぞ。」
貞視は、ようやく眼鏡を探してかけ、台所に入ってきた。
「・・マジに?」
体を折り曲げ、俺を冷蔵庫と自分の体で挟んで俺の耳元で囁く。
「マジに。寝ぼけてないで、買って来いってば。」
キスを強請ってきたが、それを避けつつ冷蔵庫の扉を閉めた。背の高い貞視はそれを避ける為には一歩遠ざからなければならない。
「分かった、分かった。金は?」
「お前が払えよ。俺は飲めない。」
ハイハイ。と、居間に戻る貞視。自分のグレーのコートを手に、玄関に消えていく。だが、赤阪も突然コートを取ると慌てて着こんだ。
「おい、赤阪はここに居てくれていいんだぞ。客なんだし。」
「いや。行ってくるよ。突然来ちゃったから、土産も無くて。」
「そんなの気にすること・・。」
そう言っている間に、赤阪も部屋を出て行く。変なの・・。とりあえず、卓上ガスコンロと土鍋を用意して、ようやく見つけた昆布と煮干を水を張った土鍋に入れた。
「さて・・。何にしようか・・ね。」
冷蔵庫の中の食材をあさると、何とか鍋らしいようなものがあり。下ごしらえも程ほどに食材を切り、ぼこぼこと煮立つ土鍋の中、煮干だけを取り除いて放り込んだ。箸とグラス、取り皿を用意して待つが・・。帰ってこない。たしか、買出しに行ったのは六時半頃だった様な。今は、九時になる。近所のスーパーにだって酒ぐらい売ってるが、どんなに遅くても20分もあれば帰ってきそうだが・・。ぐつぐつと煮立っていた鍋は、もう冷たい。腹減ったから先食べてしまおうか、と、コンロの火をつけた途端、チャイムが鳴った。扉を開けると、そこには顔を真っ赤にして、ハアハアと息も絶え絶えな赤阪が立っている。肩に、ビールのダンボール箱を担いで。部屋に上がるなり、箱をどさりと下ろし床に座りこんで呼吸を整えつつ、「勝った・。」と聞こえたような・・。それから数秒もしないうちに、帰宅のチャイムが鳴った。貞視はチャイムを二回押す。そして、勝手に入ってくるのだが、やはり彼も息を吐き肩にダンボール箱を担いでいた。
「なあ。・・二人とも何やってたんだ?」
「賭け・・だよ。賭け。」
「そー。賭け。早く着いた方がその分の代金を払う・・と・・さ・・・・。」
ぜーぜーと息をつきながら、二人で勝った、負けたと騒いでいる。どうやら、赤阪が勝って、貞視が負けた。ということだろう。まったく、子供地味たような馬鹿馬鹿しい話だ。赤阪が勝った所で、そのビールをすべて持って帰るならまだしも、・・呑みきるのは無理だろう。貞視が勝てば、まあ・・タダ酒のようなそうでないような。
「どうでもいいから、食おうよ。俺、腹減った・・。」
食べ始め、呑み始め・・。たくさんあるから、と俺までビールに付き合う羽目に。グラス一杯頂いたところが、二人の会話が理解でき無くなり・・。珍しく貞視のほうがダウンした頃には、普通に戻ってはいた。赤阪は泥酔状態。貞視に毛布をかけながら食事の後片付けをし、もう一缶開けようとしていた赤阪からビールを奪った。
「明日も仕事があるんだろう?呑み過ぎだよ。」
「ん〜。大丈夫。」
「どこがだよ。呂律も回ってないじゃないか。」
机に突っ伏して眠ろうとする赤阪を一つしかない布団に連れて行き、ごろりと寝転がした。貞視はいつも居間であの、薄い毛布に包まって寝ているから大丈夫だと思うが、赤阪はしっかりとしたマンションで暮らしている。彼に布団をかけ、残っている仕事を片付けようとパソコンの前に座った。酔いが残っているのか・・気候なのか。寒いような、暑いような・・。
「・・なぁ・・。氷室。」
「ん?」
「会社に・・。戻ってこないか?君が抜けてから・・。」
「それは出来ない。馴染めなかったのは俺のほうだよ?今は気楽だし、それなりに楽しい。」
「あの野郎と居るから・・か?」
「え?」
振り向いたところで、赤阪の顔が見られるとは思っていなかった。だが、彼はしっかりと起き上がっていてじっと俺の顔を見つめている。
「俺さ。今日、誕生日だった。」
「・・おめでと・・。」
「はは・・。ありがとう。・・だから、意を決してきたんだ。君に告白しに来た・・はずだった。」
「・・何を?」
「君が・・好きだ・・。同期入社で、肩を並べてからずっと・・好きだ。男とか、女とか。そんなこと抜きにして、俺と付き合ってくれないか・・?」
じっと見つめるその強い瞳。酔っているからこそ、言える一言なんだろうか。
「あいつ、・・あの野郎と寝たのか?」
「赤阪・・何言ってるんだよ。」
「良かった・・か?」
「赤阪・・?」
「俺と寝れば、気持ちも変わるよ。」
「・・え?」
酔っ払っている。そんなことは抜きに、掴み上げられ引き摺られる布団の上。柔道だか、合気道だかなんだか。そんな古武術を長年やっていた、と昔聞いたことがあるような・・。手加減無しの強い力に押しつけられ、身動きすることや悲鳴のような声すら上げられない。体が竦み上がっている。・・怖い。ただ、恐い。恐ろしすぎて何も出来ない。首、胸・・。腹。匂いを嗅がれ、吸われて撫でられ舐められ・・。息を呑むにも呑みこめない。叫びたい。誰か・・助けて。
「や・・やだ・・・。赤阪・・。やめて・・・。」
襲い来る嗚咽。涙が溢れて流れていく。歯と歯が重ならない。震えが止まらない。首を振り、向いた先に貞視が寝ている姿が見えた。すました顔で寝入っている。それも、心地良さそうに・・。ズボンのファスナーがゆっくりと下ろされ、中味を弄られていく。もう、押さえられているわけじゃないのに体が動かない。萎縮してる・・。・・貞視・・・。寝てないで助けて。お願いだから・・。
「氷室。」
モノが咥えられていく。口の中の粘液に絡められて、先端を舌で舐められてるのが分かる。でも、あるのは快感じゃない。
「て・・帝司・・。帝司助けてっ。」
恐怖の絶頂の中、やっと出た言葉・・。だが、やってきました。とばかりに高笑いをして立ちあがり、勝ち誇る貞視。どかどかと足音高く近づき、呆然としている赤阪を蹴って俺を自分の胸に引き寄せる。
「どうだ、赤阪。俺の勝ちだろう?俺のとき優考は泣かなかったぞ。」
「・・何で・・だよ。」
「俺の魅力の勝利だ。」
ぐっと親指を立て、笑いつづける貞視。悔しがる赤阪。その時、恐怖というものはすっ飛んでいき、怒りが湧き起こった。
「ふざけるな!!二人とも今すぐ出て行け!!」
いつもは殴っても蹴ってもびくともしない貞視が、びくっと体を逸らせ、俺が押すその力に逆らわず玄関に立った。赤阪もどぎまぎと動揺を隠せず、二人で玄関口に立つ。
「す、すまん。氷室。これは騙したんじゃなくて・・。」
「出て行け。二人とも・・二度とこの部屋に入ってくるな・・。」
二人のコートと、赤阪の鞄を叩きつけ、湧き起こる怒りと嗚咽を押さえることなく俺は叫んだ。二人が玄関から去ると・・。悔しさで俺は声も嗚咽も押さえることなく泣いた。恨み言のようなことを呟きながら・・・。