続・貞視 帝司という男
・・・。泣き腫らした顔が・・腫れてる。何処でどう眠ったのかは分からないが、ちゃんと布団の中に居た。枕もとの煙草を何気なく口にくわえ、吸いこんだが・・。貞視の煙草だ。俺の煙草よりは強く、少し咽た。起き上がり、着ているパジャマが貞視のもので大きくて髪が薄っすらと濡れている。隣の部屋から、コーという音が聞こえて・・。手を伸ばし、襖を開けると暖かい空気が流れ込んできた。窓際に石油ストーブが置かれていて、それが暖かい空気を吐き出していた。昨日の事を思い出しそうになり、頭を振りつつ煙草をもみ消して、布団から出てズボンの裾を何重にも折り曲げた。だが、青いシルク地のパジャマの裾はするすると落ちてきてしまう。何気なく部屋を抜けて台所を過ぎ、洗面台に手をあて目の前の鏡で顔を見るが、やはり瞼の周りが腫れていた。顔を荒い居間に戻る。小さな机には、食べっぱなしの御飯茶碗、お椀、箸・・と、汚れた皿。そして、硬くなったご飯の盛られた茶碗。冷めた味噌汁。不器用に作られた・・焦げた目玉焼き。ストーブの風で乾いていて、・・・。俺があいつより遅く朝、目覚めなかったことはなかったから・・。それらを暖めなおす機械は家にはない。でも、あったとしても。たぶん。・・そんなことはしなかった。・・と、思う。あいつの精一杯の思いを台無しにしたくなかった。硬いご飯を。冷たい味噌汁を。焦げた・・目玉焼きを。ぽそぽそ食べて箸を置いた。
「・・ご馳走様でした・・。」
一人呟く。寂しい・・。変に、一人が寂しくて・・。今までこんなことなかったのに、なんだか・・空しいような。二人分の食器を片付け、昨日の後片付けをして。仕事も手につかず、ぼんやりとストーブの温風にあたった。昨日、食材を使ってしまったから、買い物に行かなければならないのに。着替えも・・出来なくて・・・・。
二度。チャイムが鳴った。まだ昼だ。勝手に鍵を開け、上がりこんでくる人影。俺の後ろで立ち止まり、小さく、ただいま・・と呟いた。
「・・おかえり。まだ・・昼間だよ・・。」
まだ声が戻ってない。あれだけ泣き叫んだんだから・・声が掠れてる。
「ああ・・。飯、食ったか?」
「うん。ごちそう・・さま。味はわかんなかったん・・だけど。今起きて食べた。これ・・は?」
「ん?」
「ストーブ・・。」
「あ・・ああ・・。昨日、あれから、さ。あいつと買いに行って・・。」
「ふぅ・・ん。」
暫く沈黙が続いた。ピーピーピーと、ストーブが灯油が切れた、と警告している。そのまま、暖かい空気は出なくなってしまった。貞視が近づいてきて、灯油タンクを引き抜く。そして、玄関に向かい赤いポリ容器から灯油を移し変えて、タンクをストーブに戻した。スイッチを入れると、また暖かい空気が吐き出される。手を洗ってきた貞視だが、俺に手を伸ばそうとして何故か・・躊躇した。
「何だ・・。触って・・くれないのか。」
「だって・・さ。怒ってるだろ?優考が・・あんな風に泣いたの・・。始めてだし。・・。悪かった。ごめん。悪ふざけが過ぎた。」
突然。貞視は俺の後ろで土下座した。その姿はやっぱり、何処かチンピラ風で・・。ヤクザから手を切りたがってる風にも見える。それとも、小指の存続・・?不意に笑いがこみ上げ、ふっと笑うと奴は顔を上げた。
「馬鹿・・。」
「・・優考・・。」
俺はストーブのスイッチを切り、贅沢だと零した。こんな機械的なものじゃなくて、もっと・・。貞視からの温もりが欲しい。キスして欲しい。抱きしめて・・欲しい。情にほどされた・・?・・分からないけど・・。でも。
「・・帝司・・。」
呟くような声で呼ぶ声が。そんな小さな声があいつに届いたような気はしなかったが、貞視は俺の傍に寄り、俺の体をしっかりとその胸に抱き入れてくれた。ほっとする・・。何かが溶かされるくらい暖かい。
「優考・・。俺を、好きになった?」
「ん・・・。それとはまた・・違うよ。今は人の温もりが欲しいだけだ。甘えてるだけ。」
「・・何だ・・。そうか。」
あからさまに項垂れているような素振りはなかったが、何だか安堵したような吐息が奴から漏れた。
「あ・・。飯食って、学校戻らなきゃ・・。何か作るか?」
「いや、要らない。具合悪いって早退してきた。」
「何だよそれ。不良生徒みたいな・・。」
「たまにはいいだろ?」
「・・たまに・・なのか?」
「ああ。俺は見事に勤勉なる教師だぞ。」
「冗談にしては笑えねぇな・・。」
胸に顔を埋め、ふと見上げたその先の見下ろす瞳。しばらく見つめあい・・。とても自然に・・。求め合うかのようにキスを交わした。ゆっくりと。柔らかく。・・何度も。何かを確かめあうように・・。
「動くなよ。」
「無理だって。俺はモデルなんてしたことないんだから。」
落ち込んでいた時間を取り戻そうと、闇雲になりながらパソコンの前に座った。別にすることもない貞視は、いつか描いていた絵を完成させようとシャープペンシルを握って、俺の後ろに座っているが如何せん注文が多い。煙草を吸うなとか、爪を噛むなとか・・。俺、爪なんか噛む癖あったのか・・?
どうにか、仕事をやり終えて、プログラムを圧縮。容易に開けないよう設定してから依頼の会社宛に電子メールで送信した。それが、送受信の方をクリックしてしまったらしく新たなるメールが七件。仕事の依頼が六つと・・。一つは赤阪から。仕事の振りをして開けると、すまない、というような謝罪の言葉から、逢ってくれないか。と誘いが書かれていた。何とも思っていないはずの貞視と和解しておきながら、赤阪に逢えない。なんておこがましく・・・。それでも何となく逢いたくない。それをどんな風に言い訳して書こうか悩んだが、仕事が終わり次第。そう・・書いて送ってしまった。六件の仕事はとても簡単そうで、早めに終わりそうなのに。
「良し。描けた。見ろ。」
「ん?」
誇らしげに掲げて見せてくれる貞視の絵は、何とも綺麗だった。
「それ・・俺?美化し過ぎじゃないか?それに、女っぽい。」
「そうか?ありのままを描いたつもりなんだが・・。まだまだ、私情が絡むな。俺はお前に惚れてるから尚更じゃないか?」
そう、悪戯に肩を上げて見せる貞視。惚れてる。そう、何度か言われたが、俺はどうか。キスを求めるのはあいつに惚れてるから?それともただ、人の温もりが欲しかっただけ?誰でも良かったのか、そう言われると違うような気もする。現に、赤阪に抱かれそうだったとき。恐かった。始めて貞視に抱かれたときは激しく酔っ払っていたとはいえ、・・恐怖心は・・なかったような気がする。記憶は曖昧だけど。
「なあ、お前本当に美術の先生なんだな。チンピラみてぇなかっこしててさ。」
「はあ?何だよそりゃ。道徳や風紀の先生だったら良かった訳か?」
「そんな格好で指導されたくない。」
ふっと笑う貞視。何気なく近づいてきて、恭しく俺の顎に触れてもう一方の手で唇に触れた。
「・・キス。していい?」
「いつもは聞かないのに?」
「・・・・うん・・。」
丁寧に交わす唇。だけど、今日は火曜日で・・。キスを終え、貞視はすぐに風呂に向かっていった。俺も今日は・・早く寝よう・・。