続・貞視 帝司という男
゛いつ、逢える?゛
゛食事でもどうだ?゛
゛嫌なら、お茶でも。゛
私的チャットで、続けざまに入る文字。秘密裏に仕事の請負をする為に設置したものだが、殆どここに接続しなかったせいでメールのやり取りが多い。そのメールの一文に、チャットで。12時〜。そう赤阪から伝言されていた。なんて答えていいのやら。まだ迷っている。酔っていたから。話が極端過ぎたから?迫り方?技術なのか、何なのか。ただの同僚で、机が隣で。特になにも意識していなかった。話すことといえばただの仕事の話。一緒に呑みに行くとか、遊びに行くとか。そう言うことは一切しなかった。俺がその会社。というか、企業、世間。社会に馴染めなかった。ただもくもくとパソコンの前に座ってキーを打ち、定時出社で定時帰宅。仕事の受けは良かったほうだが、人間関係的には耳障りだった。それが嫌で辞めたんじゃなく、定時に出社するのが嫌になった。・・そうか?耳障りな陰口が嫌だったんじゃないのか?噂が気に食わなかったから?・・何だっけ・・か。
゛まだ、怒ってるよな。゛
゛謝っても、許して貰えるとは思わないけど、゛
゛俺の気持ちに嘘はないんだ。゛
ぼんやりとパソコンの画面を眺め、自動リロードされる毎に現れる文字を目で追う。赤阪って、会社ではどんな奴だっけ・・?曖昧な記憶ほど役に立たないものはなく、机に置き去りにしてあった冷めたコーヒーを口に運んだ。
゛ヒーター、ありがとう。゛
ふと、思い出して気まずくならない様に考えつつキーを打つ。
゛よかった。そこに居たんだね。見てくれてもいないのかと思った。゛
゛そこまで嫌ってないよ。俺は、分からない。゛
゛何が?゛
゛赤阪という人間。勿論、自分自身も貞視も分からないけど。゛
゛じゃあ、逢って確かめてみたら?゛
・・・。何を再確認しろというのか。俺はパソコンの前で頭を抱えた。そりゃ、机上の空論で考えていたって何も始まらないとは思う。それは考えている行為じゃなく、頭を誤魔化しているだけだと言われればその通りだ。逢えば。話せば。多分何かが動いて変わるんだろう。それに恐れを抱いて動けなくなっているただの惨めな意気地なしではいけない。
゛氷室は同居人のことが好きか?゛
゛どういう意味で?゛
゛恋人として。゛
゛解らない。゛
そう、傍にいたって解らないことはある。逢って、話して。見つめたってキスしたって抱き合ったって。解らない。ただの快感を得たいがために抱かれてるのか。猫や犬のような愛玩で、情で一緒に居るのか。それとも好きなのか・・。
゛四時。ポプラで待ってる。゛
最後のリロードで、赤阪はそう書き残して退した。時計の針は一時を示しかけていて、昼休みの終わりを告げていた。ポプラ、か・・。オフィス通りから少し離れた、ポプラ並木からも離れた場所にある喫茶店。駅からもどっちつかずの場所にある為、あまり賑わってはいないが、寂れてしまっている風もない。どちらかといえば落ち着いた場所。買い物も行かなきゃならないしなぁ・・。ぐーっと背伸びをしつつ、そのままパタンと布団の上に寝転がった。
「昼飯・・食わなきゃ・・な・・。」
緊張の糸がプツリと途切れたのか。急に睡魔が襲ってきて意識が遠のく。再び意識を取り戻したのが、何と四時。慌てて身支度を整え、とりあえず財布だけでもっと握り締めてアパートを出たが、ここから駅まで急いで30分ほどだろうか。車は持ってない。免許はあるが、長年運転してない。自転車には乗れない。バスの時刻は知らない。電車に乗ったとしても、15分は揺られてなければならないし、駅から歩くし・・。歩きながらもぶつぶつと考え、所詮遅刻。待ってない方があたり前。気晴らしの散歩だ。そう自分に言い聞かせ、どうにかこうにか、ポプラについた。しかし、やっぱり慌てていたからか。店内に入るとそこはとても暖かく、顔や手が冷たくなっていることに気がつく。もう、冬なんだな。
「氷室。」
それほど大きくない喫茶店の奥側の席で手を振る男。帰り支度をしていたのか、グレーのコートを着こんだ風だった。またそれを脱ごうとしているから、俺のほうで手招きして俺はそのまま喫茶店を出た。すぐに追いかけてくる赤阪。暫く無言で歩き、誰も居ない小さな公園にたどり着いて足を止めた。別に。逢ったからといって何が言えるわけでもなくて・・。薄汚れたようなベンチに腰を下ろしつつ、葉っぱのなくなった街路樹を眺めた。
「遅れて・・ごめん。寝てた。」
「いや、来てくれただけで助かったよ。そこまでは嫌われてないって思えたし。この前は本当にごめん。済まなかった。度が過ぎた。」
ベンチに座ったまま、ぐっと頭を下げる赤阪。その頭が、何故か心なし・・短いような。もう少し長くて、オールバックだった・・気がする。
「いいよ。もう。気にしてないって言えば嘘だけどさ。酔っ払いの戯だと思えばいいし。」
煙草を一本くわえ、火をつけようとしたが、手が悴んでいて思うように着火できない。赤阪はすぐ、俺からライターを取って火をつけてくれた。
「ありがと・・。」
ぷかりと紫煙を吹く。息が白いのか。煙のせいなのか。一瞬目の前が白く霞んだ。
「この前も言ったけどさ。俺、マジにお前が・・。氷室が好きだ。」
「・・そう言われても・・。俺、・・。多分。赤阪には惚れないと・・思う。ん・・。今はそう言う気持ちにならない。昔も、ただの同僚としてしか見てなかったと思うし、・・そうも思ってなかったと・・思う。」
「それでもいい。今は思えなくていい。いずれきっと・・。」
赤阪は、俺の方をぐっと掴んで顔を見合わせた。彼の米神辺りと、口元に傷跡がある。
「きっと振り向かせて見せる。」
力強い瞳で見つめられ・・。キスをされた・・。赤阪は、腕時計で時間を見つつ立ちあがると、コーとのポケットから灰色の手袋を出し、それを俺に握らせて微笑んだ。
「また、逢いに行く。あいつとのケリもついてないから。」
「貞視と何かあったのか?」
「あ、いや。何でもないよ。ごめんな、会社に戻らなきゃ・・。」
「え・・。おい・・。手袋。」
「貸す!!」
赤阪はコートを翻して一目散に走っていってしまった。グレーのコートに手袋。短くした髪。誰かさんを意識しまくった姿・・。キス・・されちゃったな。
何となく。帰りたくないような・・。気持ちだ。あれは俺の家なのに。ぶらぶらと街を歩いてみたが、ぱらぱらと雪が待ってきて・・。せっかくだから。と赤阪の貸してくれた手袋をしてみたが、大きすぎて掌に余る。手袋のサイズなんて無い筈なのに。なんて、苦笑してみても何だか心に出来た穴が埋まらない。アパートに近い駅で降りたのはいいが、やはり何となく帰りたくなくて駅のベンチに腰を下ろして膝を抱いた。もう少し、厚着をしてくれば良かった。辺りはすでに暗闇で、雪が薄っすら積もり始めている。このまま眠ったら楽になれるのかなぁ・・。なんて、雪山にでも居なきゃ無理か・・。抱いた膝から顔を上げると、やたらと背が高い人物が前にいて、じっと傘を差していた。
「気が済んだか?帰ろうぜ。」
「・・貞視・・。お前、いつから・・?」
「ん〜?忘れた。ほら、体冷え切ってる。帰ろう。風邪ひく。」
「・・うん・・。」
怒られて。グレて飛び出した子供が迎えに来て貰うような。恥ずかしいようで嬉しい妙な気持ちのまま、無言で帰路についた。貞視が部屋の鍵を開け、俺を押し入れるようにして部屋に入り鍵を閉める。部屋の中は必要以上に暖かく、凍えた体が溶かされるようだ。貞視にコートを脱がされ、手袋は自分で外した。
「・・赤阪に・・借りた。」
貞視は聞いてもいないのに。何故か言いたかった。
「ふうん。逢ったのか。」
「うん。」
「何か言われたのか?」
「・・うん。今は駄目でも、いつか振り向かせるって。なあ、貞視。俺、どうしたらいいと思う?」
「俺だってお前に惚れてんだ。俺に聞くなよ。」
コートを脱ぎ、玄関でばさばさと雪を払い落としているその彼の背中は・・。
「うん・・。ごめん。」
「何謝ってんだよ。どっちも嫌なら、両方振りゃいいじゃんか。優考、お前は人が良過ぎんだよ。人の想いに降り回されて、自分を失って。」
「・・うん。」
「ほら、そんな冷たい服着てねぇで、ぱっとシャワーでも・・。」
「うん・・。」
「・・優考・・?」
「う・・ん・・。」
涙で滲んで・・。貞視が見えない。近づいてきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ごめん。その原因の一つは・・俺なんだしな。いい過ぎた。」
「・・ううん・・。俺も・・。優柔不断で・・。ごめん。あ・・・、あはは。この頃湿っぽくて。俺、泣き虫になってる。シャワー、先入るな。」
わざと笑って貞視の胸から飛び出た。抱かれれば抱かれるほど・・。たぶん。・・俺・・。貞視のこと考えてる。これが惚れてるって気持ち・・なのかなあ・・。違うような気もする。まだ俺は、俺がわからない。