続・貞視 帝司という男

 万年床の硬い布団に挟まれつつ。ぼんやりと目覚めて起き上がった。貞視はまだ寝ていて、起こさないようにして部屋を出てヒーターのスイッチを入れながら洗面台まで歩き顔を洗った。一度柔らかなベッドで寝てしまうと、やっぱりいいなあ。なんて贅沢を考えてしまう。顔を拭き、寝癖を治して簡単に歯を磨くと台所に行きコーヒーをセットする。朝食はウィンナーでもフライパンで転がして、スクランブルエッグに・・するか。味噌汁の具は・・。具・・。・・ワカメ。でいいや。鍋に水を張り、ガスコンロに置き火をつけてから味噌を冷蔵庫から出してワカメを探した。だが、見つからない。ああ、そう言えばこの前終わったんだ。大根に火を通すのは面倒だし、麩は水に戻さなきゃならないし。うーん・・。具・・。貞視は作ったものに文句言わないで食べるし、何でも言いというし。具・・。そう考えているうちに鍋の水は沸騰し、ぼこぼこと音を立てて沸いている。何か、その間で大根ぐらい煮られたような気がする。出汁もとらなくなったなあ。インスタント味噌汁にだってちゃんと・・。
「優考、お湯蒸発するよ。」
「え?」
ぼんやりしている時間が長すぎて、ちゃんと支度を整えた貞視がネクタイを締めながら台所にきた。
「ああ、ごめん。まだできて無い・・。時間、まだあるか?」
「ああ。」
悩んだ挙句、まな板の上に干乾びたようなキャベツが転がっており、みじん切りにして煮え湯に入れた。フライパンでウィンナーに火を通し、適当に卵を入れてかきまわした。ご飯をよそってでき上がり。ああ。味噌汁なんだから味噌を入れないといけない。妙な適当なものを皿に盛り付け、居間の机に並べた。
「いただきます。」
手を合わせて箸を持つ貞視。今朝は何だか違和感がある。何かが邪魔しているようで食べにくそうな・・。じっと奴を見ていてようやく分かった。髪、固めてない。
「貞視、ワックス・・終わったのか?」
「ん・・。無かったみたい。今日買ってくるよ。ああ、そうそう。今日夜。忘年会だから遅くなる。寝てていいよ。」
「もともと夜型だ。」
「そうだっけ?」
もそもそと食事をしつつ、コーヒーをいれていたことを思い出して腰をあげた。コーヒーをカップに注ぎ入れ、両手に一つずつ持って机に置く。
「なあ、貞視。一つ聞いていいか?」
「どうぞ。いくつでも。」
「うん。お前の勤める学校って、転勤ある?」
「無いよ。私立だし。首になるまで同じ学校。・・・って、とうとう俺のことに興味持った?」
「・・馬鹿かお前。朝から・・。」
食事をし終わり、タバコ片手にコーヒーをすする。貞視は時計を気にしながらコーヒーを口にすると、しぶしぶ腰をあげた。出勤時間だ。俺の頬に軽くキスをして、行ってきますと部屋を出ていった。
「・・学校、どこか聞くの忘れた・・。」
ぼんやりと呟きつつ。煙草を吸い終わるまで無音のときをすごして食事の後片付けをした。パソコンの前に座って今年一年の総まとめでパソコン内のデータをCDRやらに焼き、データの掃除などしていると時間はあっという間に過ぎる。小腹が空いたような気がして、コーヒーをたてつつ一服。大き目のカップにコーヒーを注ぎ、またパソコンの前に座った。そして、思いついたようにインターネットの検索ページで、不動産を探す。でも・・。こんな関係がいつまで続くのか分からない。気に入った一戸建てを買う。なんて将来どうなるかわからないし、マンション・・か。とりあえず、仕事部屋と寝室は分けたい。あいつ・・部屋いるかな。いるだろうな。いつまでも荷物を預けっぱなしというわけにも行かないだろう。
「居間・・と、仕事部屋。寝室・・。」
口に出しながら指を折る。
「四部屋・・。」
台所に浴室。なんて、贅沢か。ふーっと息をつきつつ、新着メールありの文字を見つけ開いた。
 帰ってこないのか。待ち望んでいるんだぞ。
の一行。携帯から送信されたと思われる。たぶん、兄貴だ。分からない。と返信すると、すぐに返事がきた。
 女でもできたのか?
そうじゃないけど。曖昧に文章を書いて返信。忙しいんだ。なんて書いても家にもパソコンはある。と一括されるだろう。高校の頃から使っている古いものがある。でも、プログラムを打ち込むことくらいできる。それを使っていたんだ。
 来られないんなら、強制的に迎えに行くぞ。
たぶん、電話で話したほうが話は早いんだろう。考えておくよ。そう返事をした。くだらないことで頭を抱えているんです。たぶん、あなたや父ならすぐに決断を下せるでしょうが、俺はまだできない。決断力の無さは一体誰に似たのか。流される体質は母に似たのだろうけれど・・。冷めたようなコーヒーを一口喉に流しながら、データを焼き付けたCDRをナンバーロック式の金庫のような棚に入れた。
 迎えに来て欲しいのか? 仕事順調じゃないのか?
そんなメールに、見えないのに首を振った。
 仕事は大丈夫。順調過ぎだ。迎えに来なくてもいいよ。気が向けば行くから。
 いつ、気が向く? 何かあったのか?
 何もないよ。
 嘘つけ。何もないなら、帰ってこられるだろうが。
 うん。そうだね。兄貴、仕事は?
 忙しい。
 なら、すれば。
 帰って来い。
・・。返信はしなかった。一人で帰れば、たぶん勘の鋭い二人は気がつくと思うし。かといって帰らなきゃ詮索するだろうし。貞視はどうするんだろう・・。
 簡単に夕食を済ませてシャワーを浴びてせんべい布団に包まる。だけど寝られなくて、またインターネットの画面を開いていた。が、どうも決断力に欠けてその画面をそのままにしつつ、長くなった髪を引っ張って見る。ただの紙切りバサミを手に、鏡も無しに髪を切った。適当に短くして散らばった髪を集めてごみ箱に入れる。また、布団にもぐりこんだり・・。ごろごろと何度も寝返りを打つ。かちゃ・・。そう、玄関の鍵をあける音がしてただいま、と小さな声が聞こえて何故か目を閉じた。待ち侘びていたんじゃないのかよ。そう、自問自答しつつ寝たふりを続けると、酒くさい匂いが近づいてきて隣に座った。
「優考、髪切ったのか。どこ行けばそんなに妙なものになるんだ?」
ぽつぽつと呟く貞視。しばらく、ぼんやりと座っている。そんな感じがしていたのだが、服のすれる音がして唇を重ねられた。驚いて目を開けてしまい、やっぱりと貞視は笑う。
「優考、引っ越すの?」
「え?」
「パソコンの画面。・・仕事の情報にしては変だろ。声のこと気にしてるのか、可愛い奴だな。」
殆ど解かれているネクタイをといて、ポイっと床に捨てる貞視。スーツを脱いで同じ場所に捨て、Yシャツのボタンを外す。
「ここの住人、みんな静かだからなぁ。向こうの棟は激しかったぞ。毎晩、毎晩・・。どこからか女の喘ぎ声が聞こえてさぁ。寝らんねーっツーの・・。」
酒を飲んで上機嫌になってない、疲れたような喋りの貞視。学校じゃ、いい人を気取ってるのかな。
「なあ、貞視は・・。正月どうする?」
「んぁ?」
「・・帰省したり・・するか?」
「いいーや。したこと無いね。優考ん家新潟だっけか。付いて行こうかなぁ・・。」
「え?」
「旅行・・みたいに。俺も明日から休みだし。・・迷惑、だよなぁ・・。」
酔っ払いの戯言。そう聞いていたが、それならそれで良いような気もする。
「家、造り酒屋でさ。酒だけは美味いよ。親族たくさん集まるし、旅館みたいな。」
「へぇー。酒蔵・・かあ。良いね。今から行くか。」
「・・車、手配してない。」
「車で行くの?優考、免許あるんだ。凄いねぇ。」
「家は田舎だから。」
もう、眠たくて眠たくて仕方ないような貞視を布団に倒した。
「チューして・・。チュー・・。」
言われるまま、唇を重ねた。そのまま眠りについてしまう貞視。彼のズボンのベルトを引き抜いて、そのボタンを外した。彼の体に布団をかけつつ、部屋の明かり全てをつけたまま布団にもぐりこんで目を閉じた。

 「優考、行くんだろ?起きろよ。」
体を揺すられ、目をあけた。
「ん・・?何、何。今日から休みじゃなかったっけ?」
「そうだけど。実家、帰るんだろ?早くしなきゃ道混むぞ。」
「え??」
「行かないのか?」
「・・マジに・・行くつもりだったのか・・?」
「ああ。」
ぼんやりする俺を無理やり引き起こし、抱き上げるようにして立ち上げた。人形のように服を脱がし、首元に吸い付く。
「貞視・・。やめろ。朝から・・。」
「美味そうだった。ま、起きろよ。飯はコンビニで買えばいいしさ。」
「ん・・。貞視、着替え持った・・?」
「ああ。準備する。その間に起きろよ。」
「ん・・。」
俺より遥かに生き生きしている貞視。いや、旅行気分でワクワクしているのだろうか。ぼんやりとしながら、朝の一服と煙草を口にくわえた。
「優考、レンタカー何所でとってる?」
「ネット・・。いつものところは・・入ってる。」
浮かれたような貞視がパソコンを弄り、あったあった。と口にしながら予約を入れていた。
「貞視。子供みたいだな。そんなに嬉しい?」
「ああ。旅行なんて殆ど行かないからさ。酒蔵の酒ってのもいいしね。」
「ふぅん・・。そんなものかな。」
顔を洗いに行き、新しいワックスが置いてあることに気がついた。酔っ払っててもそう言うところはちゃんとできるんだな。昨日の話も覚えてるし・・。
「優考ぁ。服、これでいいか?」
「・・何でもいいよ。着られれば・・。」
あんなにはしゃいでる貞視、始めて見るなぁ・・。あいつ、幾つなんだろう・・。
「優考ってばー。」
「ああ。はいはい・・。」
催促されつつ、着替えた。まったく、昨日あんな妙な酒を飲んでいたのに・・。仕事の話は一切しない貞視。・・聞いたところで、俺が何かできるわけじゃないけど。車内でいろいろ・・聞けたらいいのかもな。
「電気ガス水道、オッケー。パソコンは?」
「あれは切らないよ。大丈夫。」
「じゃあ、しゅっパーツ。」
簡単なカバン一つ肩にかけ、俺を押し出すようにして部屋を出て鍵を閉める貞視。そう言えば、前に紅葉狩りに行こう。何て言ってたっけ。本当はすごく旅行がしたかったんじゃないのかな・・。
「はーいはい。でも、言っておくけど何もないところだぞ。ここよりずっと雪多いし。寒いし。」
「二人でいりゃ暖かい。」
「・・馬鹿だ・・・こいつ。」
正月近いせいで、人気の薄い町。晴れてるような、うす曇の中に降る雪はきらきらと光を反射していた。さくっと踏み込む雪。一年近く運転してないけど、・・まあ、それは伏せておこうかな。
「優考、どっち?」
「とりあえず電車・・。」
「おう。」
本当に嬉しそうだ。楽しげな彼を見るのは嫌いじゃない。でも何故か、足元の雪を掴み握って投げつけた。見事その黒いコートにあたり・・。コートは白く放射線状に模様がつく。
「お。雪合戦?」
「違う。落ち着けよ。家まで遠いんだから疲れるって。」
「ん。」
その・・笑う貞視が・・可愛くて・・。思わず微笑んだ。
「なるべくゆっくり行こうな。貞視。」
いつも一緒だったけど・・。たぶん、もっと近づける。そんな気がした。