部屋を詮索して見つけたのが小型無線機のようなもの。存在は知っていたが、始めて手に取る携帯電話。
「・・。これ、使えるな。」
部屋を見まわしてみても、ドライバーのようなものは無い。仕方なく、パソコンを使って必要なものを取り出した。ちょいちょいと携帯電話を改造し、日本語翻訳のソフトを取り付けた。それにイヤホンマイクを取りつけて耳に装着すれば出来あがり。余程の早口でなければ、言葉を聞き取れるだろう。小型機械に関しては日本が優れていると聞くが、扱うにはちょっと小さすぎるな・・。
「ただいまっと・・・おおーーーー!!!」
彼は部屋を開けるなり、手にしていた大荷物を投げ飛ばして、出来あがったばかりの携帯を掴み上げた。
「俺の携帯ーー!!何してくれるんだよ!!買ったばかりなのに!!俺の夏休みぃーー。労働のケッショーー。」
「夏休み?労働の?血書?」
「そうだよっ。夏休みにバイトしてやっと買えたの!!労働の結晶!!」
「ふうん。」
「ふうんじゃねーよ!!」
夏休み。それがわからないが、夏にある休み、だろう。労働もしたこと無いが。何かの結晶をくれるのか。まあ。買えるものなのだろう。
「ほら!あの袋の中に、服買ってきたから。あれ着ろよっ。」
彼は携帯電話を握り締めたまま、それを見つめたまま言い放った。俺はそのまま、言われるままに彼が投げ飛ばした袋から適当に服を選び、Tシャツを着ようとしたが右肩のシーツが邪魔で取り払った。血は止まったようだ。
「あああっ。待て待て待て。」
千頼は投げ飛ばしてある袋の幾つかを破るようにして開き、そこから真っ白の布といくつかの衣料品を取り出した。
「座って。」
下から見上げられながらの命令口調にしぶしぶ床に座る。千頼は腫れ物に触るように、ゆっくりと俺の右肩に触れると顔をしかめた。さっき、あれほど血が流れている状態のときは見せなかった顔だ。
「どうした?気持ち悪いか。」
「・・あ、いや・・。改めて、痛そうだな・・と。左手に、右肩。ショーハは、左利きか?それに・・、何処でどうやってこんな怪我。パソコンから出てくるのも・・。」
「・・。」
どう説明していいやら判らない。眉を寄せ、目を伏せながら彼は俺の右肩を消毒し、布をあてがい包帯を巻いていく。
「手馴れた作業だな。」
「ん・・。ああ。友達がよく怪我するからさ。・・。で、左利き?」
「いや。中では左のほうが狙い易かったからな。」
「中?」
「・・。いや。なんでも無い。」
千頼は肩の処置が終わると、俺が掴んでいたシャツではない前開き式のシャツを取りだし人形に服を着せるように着せこんだ。
「よし。ぴったり。よく似合うし。左手出して。」
黒いデニム地のズボン。同じく、黒いワイシャツ。俺はロシアのマフィアか?大人しく、左手も治療されたが、こっちのほうは銃を弾かれただけだから大した傷じゃなかった。それでも彼は自分が痛そうに目をしかめ、優しく扱う。本当に小さくて細い指だ。
「千頼。」
「・・何。痛い?」
「いや。・・携帯電話。壊してごめん。」
「いいよ、もう。壊れちまったのは仕方ないし。また、買えばいいし・・。」
「夏休みの、結晶。だろ?」
「いいってば。そう言うなら、俺が買ってきた服の請求もするぞ。」
彼は何か悪戯でもするような表情で笑った。可愛い顔してる。ハニーフェイス。小さな手で携帯電話を拾い上げると、いとおしそうに眺めつつ、はにかんで笑った。ころころと表情を変える。東洋人は無表情じゃなかったか?俺の記憶違いか・・。
「これ、何に改造したんだよ。」
「翻訳機。」
「え?どうやって?」
「その、パソコンを使って。」
彼は一拍置き、へーと声をあげた。俺はそれを借り受け、機械本体はズボンのポケットにねじ込むとイヤホンのほうを耳につけた。これで多少、足りない知識を補える。
「説明は難しいよ。まあ・・。特殊能力だと・・。」
「・・。」
千頼はそろそろと俺の顔の前に顔を近づけ、ジーーーーっと俺の顔を見つめる。
「何?」
「いや・・。それ。その目。真っ赤で、キレーだなぁって。右目は黒く見えたけど銀色なんだな。喋ってたのは何語?」
顔があまりにも近かったため、俺はちょっと彼と距離をとった。
「ロシア語。」
「へぇー。ショーハは、ロシア人、かぁ・・。」
「・・さぁ・・。」
「え?違うのか?」
「知らない。育てた男が使うのがロシア語だっただけだ。」
「その人は何人?」
「アメリカ。」
千頼はふと、首を傾げて考え込んでいた。・・。俺の目が綺麗・・ねぇ・・。本当に、彼は不思議なことを言う。少し脅えてくれたっていいのになぁ。警戒心が無いって言うか、興味が深いというか・・。いや、ただの単純な・・。・・。そんなことより。煙草欲しい。
「ふーむ。アメリカ人がロシア語・・。ロシアで育って・・。」
「千頼、そんな奴いくらでもいる。それよりも出かけたい。案内してくれ。」
「え。ちょ、ちょっと待てよ。あんたまだ怪我・・っ。安静にしてなきゃ駄目だって。」
「もう十分大人しくしてた。限界だ。」
俺はすっくと立ち上がると、俺の前に立ちふさがる千頼の体をひょいと肩に担ぎ玄関に向かった。狭い家で、部屋を出るとすぐにキッチンが広がり、視線をずらすともう玄関がそこにある。
「お、ろ、せっ!!」
肩で暴れる彼を下ろしつつ、ふと、靴が無いことに気がついた。裸足ではさすがに痛いな。千頼の靴じゃ小さすぎるし・・。つま先も入らない。
「ったく、妙な外人!!ホレ、靴。これが一番大きいサイズだったんだからな。」
彼は俺の見ていない間に、部屋に戻って靴を取ってきた。これまた、黒いスニーカー。余程黒が好きなのか。俺に合わせた色なのか。これしかなかったのか。それを貰いうけ、履いてみたがやはり小さかった。日本人は小さいのか。仕方なく紐を抜いて踵を潰した。
「・・やっぱ、入いんねーか。30cm・・。俺なんか26cmだってのに。サイズ幾つなんだよ。」
「36。」
靴を履き、玄関の扉を開けた途端。むわっとした湿気の塊のような空気が体にまとわりついた。そして、暑い。
「暑いな。」
「ん・・。まあね。夏だし。でも、今日はまだ涼しいよ。最高気温28度だってテレビで言ってたし。」
「・・二十・・八度??」
「ああ。」
彼は平気な顔をして部屋を出てドアに鍵を閉めると、廊下の先に続く階段を降りていく。俺の気持ちは一気にやる気を失ったのだが・・。仕方ない。靴をぺたぺたと音をさせながら彼について歩いた。
「で、何処に行きたいんだよ。」
「ん、当ては無いが・・。取り敢えず、機械を扱う店。」
「じゃあ、あそこかな・・。」
彼の歩みは恐ろしく遅かった。その後をゆっくりついていくが、暑さもあり気だるい。途中の道に煙草を売る販売機があったが、カードでは買えない。千頼の前で違法行為をするわけにも行かず・・。結局、千頼の財布を当てにするしかなかった。
「どれ?」
「強いやつなら何でも。」
「どれが強いかなんて知らねーよ。」
俺も知らない。日本のメーカーなんて見たことが無い。当てずっぽうに明かりのつくボタンを押した。出てきたつり銭を取りつつ、タバコを取る。つり銭を千頼に渡し、俺はようやく煙草にめぐり合えたが・・・・・・。火が無い。煙草がここにあるのに。おあずけか?
「あ、ショーハ。これこれ。これ、ライターのオマケつき。」
「ん?」
自動販売機にオマケ・・・。奇妙なものだ。千頼はそれを買い、俺に手渡してくれた。
「ありがとう・・。」
「いいえ、どーいたしまして。俺、未成年なんだからさ。酒も煙草も味知らねーんだよ。金の価値なら痛いほどわかるけどね。」
俺は数回頷いた。が、俺のほうが金の価値はわからないんじゃないか?日本の物価は高いと聞くけど・・。遠慮無く煙草を口にくわえ、景品で火をつけ・・。ふーっとゆっくりとふかす。何か・・。生き返るような気分・・。少しクラクラする。
「ほら、バス乗るから。」
そう急かされつつしばらくの歩き煙草。暑さか、湿気か。出血多量_からか。足取りが重い。スローペースの千頼の足取りにも追いつかなくなり、俺はその場に座りこんだ。
「お、おい・・。ショーハ??おい、大丈夫かよ。だから・・俺、・・っ。」
彼はすぐさま駆け寄り、俺の額に冷やっこい手を当てた。
「気持ちいいな・・・。」
「ん・・。熱あたりかなぁ・・。眩暈とかする?」
「・・いや。」
「じゃあ、ちょっとここで待ってろよ。冷たい飲み物買ってくるから。あ、日陰。反対の壁にもたれてなよ。いい?」
「ぁあ・・。」
あんまり声にもならず。俺は首を縦に振る。言われた通りに道を挟んだ側の壁にもたれつつ、彼を待った。日本の気候は・・暑いなぁ・・。

 「ショーハ?」
俺を気遣うようにしてかけられた小さな声。目を開けると、不安そうな千頼の顔が見えた。この暑い中走ったのか顔中汗だくで、彼のほうが水分を欲しがっているように見える。
「ほら、これ。ゆっくり飲んで。ごめんな・・。俺さ、気がつかなかった。」
今にも泣きそうなほど顔を歪めた千頼はペットボトルの蓋を開けてそっと手渡す。それを貰いうけ、一口喉に流すとその流れが感じ取れた。
「俺、体力無くてさ・・。あんたを担げ無いし・・。」
「いや。・・・。君も飲め。そうしたら、帰ろう。買い物は明日にする。」
「明日・・。俺、学校なんだよ。夕方、涼しくなったら一緒に出かけよう。俺、すぐ帰ってくるからさ。」
俺は彼にペットボトルを渡しながら立ち上がった。学校・・か。俺は行ったことが無いから行って見たいな。しかし、それを言うと彼は困るだろうか・・。取り敢えず、ゆっくりと来た道を戻る。後で、この街周辺の地図を頭にインプットしよう・・・。そうしたら一人でも出かけられるな。そんなことを思っていると、千頼から一言釘をさされた。
「俺が帰るまで外出禁止だからな。」
・・・・。恩を仇で、返せまい・・。