三日。そんなものは数えることもないまま、三度寝れば地球強制送還の日はやってきた。どう考えても、理不尽だ。何も俺でなくてもよい。つい最近、宇宙を漂っているサルと人間を保護したばかりだし、その人間の子孫もちゃんといるのだ。・・ただ、彼らはもう地球という星を知らないが・・・。
俺には親類も肉親もない。死んで悲しむようなものはいない、ということは、与えられた任務を完全に遂行できなくても問題なし。ということ。と・・。死んでも誰も文句は言わないという決定的事項が付きまとう。病原体を駆除する行為は好きだが、旅行は嫌いだ。俺は椅子に腰掛け、ぷかぷかと煙草をふかしていた。
俺の地球行きが決定した後に、現れた数人のエリートが、忙しなく働きながら俺の体に何やら機械を取りつけていく。
「これは、地球で言う腕時計。通信と、転送が可能。地球には水があるが、海底まで潜っても通信、転送は可能。」
そう事務的に言いながら、俺の右手首に黒い小さな機械が付いたベルトをはめられてていく。彼らはとても優秀なんだそうだが、とても無愛想でつまらない。
「ちょっと・・待てよ。何か、俺は海底に転送されることもあるって事か?」
そう訴えたが、その言葉に返答は無く・・。キースがニンマリと微笑んだ。
「これは、貴方の体内に埋めこむはずの認識番号と所在探知機。」
酸化したような銀色の指輪を右人差し指にはめられ、首からは黒いゴム状の紐がかけられた。それはありゆる病原菌から体を保護するものだと誰かが呟いていった。どれもこれも、最新型の機械なんだそうだ。・・ありがた迷惑。とはこのことだろうか。
「ユー。これ、僕からの贈り物ね。」
「・・なんだよ。」
キースがにこやかに微笑みながら近づき、俺の両耳に思いきり痛みの衝撃を与えてくれた。思わず煙草を投げ飛ばしてしまい、バルトークに睨まれた・・・。
「イエロークロス探知機、アーンド、僕からの返答が誰にも聞かれない装置。ユーは、その手首の機械を付けていてくれさえすれば普通に喋ってね。」
「それ・・。俺のただの独り言に聞こえるんじゃ・・。」
「おうッ。その点は大丈夫。ちょっと独り言の多い人ってことでおさめられるから。」
彼、キースはウィンクしつつ、ぐっと親指を立てた。いったい、それのどのあたりが大丈夫なんだ・・??
「自動翻訳ツールも入ってるらしいよ。」
彼はちょいちょいと俺の手首の機械に触れた。
「地球って、ギアナ星よりも重力ちっちゃいし、寒暖も柔らかいし。眠りに関しては君の体内サイクルに適しているから問題ないね。」
「問題・・か。なぁ、キース。お前は思いっきり楽しんでるだろ?」
「ん?わかる??でも、サポートは僕がするからね。不自由させないって。何でも言って。」
心の底から、楽しんでいる彼、キースの笑顔。不安だ。
「イエロークロス、地球到着まで・・。」
バルトークのマイク越しの通信が耳から入る。俺は重い腰を上げ、転送装置の上に立った。送りこむことは容易いらしいが、帰りは母船に頼るしかないらしい。俺、帰ってこられるのかなぁ・・。
「イエロークロス。飛来地区予定地表転送準備完了。転送開始・・。」
転送装置が稼動し始める。転送装置、といっても、俺は普通に休憩室で自分の椅子に腰掛けているだけだ。大掛かりな装置の中に居るわけではない。この、手首の機械が本部の命令に従って作動しているだけだ。諦めの局地に立たされ、キース、ギリツ。両名が手を振る中・・。しぶしぶ目を閉じ、一瞬、ふわりと体が浮いたような感覚に包まれた。おずおずと目を開けると・・。もう、ここは宇宙船内ではなかった。ここはたぶん、地球の地表。機械が割り出した、イエロークロス漂着場所に最も近いと思われる場所。見る限りでは、ローグ星都心部に近いような街の中で、人通りの多い場所だ。地球に帰ってきた。そんな感慨深い感覚はまったく無く、地球の人間文化も発達を遂げているように見えた。
昔見たことのある゛車゛と呼ばれていたようなものが道の中央を駆け巡り、けたたましい音を発している。だが、まだ地表を車輪が回っているところを見ると、まだまだ未開発星なんだと思わざるを得ないが、この星自体がまだ若い。文化的向上はもうしばらく待っていても遅くは無いだろう。
現在、この地点の空は青く、白い雲の間に小さく輝く太陽が見える。昼間らしい。行き交う人々は突然現れたであろう俺の姿を見ても誰も目にとめず、慌しく過ぎ去っていった。それにしても・・日差しが強い。俺の生まれた場所はいつも薄雲が空を覆い、白い゛雪゛と呼ばれるものがちらちらと降っていた。まあ、俺が子供のころの話だ。ローグ星人の成長は遅いが、この星の人間達の成長はあっという間。寝て起きる間には子供は大人になって・・。死んでったっけ。せっかく友達になったのに、寝て起きたらその子はもう居ない。父親に縋り付いて泣いたっけなぁ・・。その時ばかりは、彼は優しく俺の髪を撫でてくれたっけ。
ぼんやりと昔を懐かしく思いつつ、立ち止まっている俺にぶつかりもせず過ぎ去る人の流れ。なんとなくその流れに沿って歩き、ふとショーウィンドウのガラスに靴まで隠れるほど長い白いロングコートを着て立ち止まっている姿が映り足を止めた。この姿の俺は不自然だろうか。
「ねーねー。それ、何処で買ったの?」
数人の若者が俺に近づき、俺の体を指差す。その若者の言葉を手首の機械が勝手に解析し、なんとなく言っている意味は解かったが「買う」という単語の意味がよくわからなかったので取り敢えず首を振った。
「じゃあ、作ったのー?」
「・・貰った。」
俺はそう言い捨てながら、男女の区別が付かない若者達からそそくさと離れ、何処行く当ても無く歩いているうちに樹が覆い茂る広い場所に出た。そしてふと辺りを見まわすと、人通りの波がないことに気がついた。
「ユー。言語解析完了。日本語って言うんだってさ。地球って、色々な国があって、言葉とか人種とかが違うらしいよ。」
そんなキースの通信が耳に届く。
「へぇ・・。」
知ってたような・・知らなかったような。さっき、翻訳機が正常に作動したのを確認したが、それを報告することを忘れていた。
それにしても日差しが強く、眩しい。木陰を求めて歩くと、座る場所を見つけて腰を下ろした。そよそよとした風が髪を揺らす。湿気の多い・・国だ。首にかけられた外気調節器でも湿度までは計算に入れていなかったらしい。
俺は手首の機械に向かって、煙草。と呟いた。そうすると目の前に一本だけタバコが現れ、宙に浮く。それを手にとって口に運び、いつものように指を鳴らして火をつけた。懐かしいような・・そんな感覚が体に染み渡っていく。俺がここにいたことがあるからなのか、それとも・・半分の血の中に流れる母の血の記憶なのか・・・。ふぅっと吹き上げた煙が風に流されるのをぼんやり眺めた。
「ユー。イエロークロス。地球に入ったよ。大気圏突入の際に、四つに分裂してる。その一つが・・。・・見える?ユー。そばに落ちたよ。」
「・・ああ。」
ふわふわと舞い降りてくる・・黄色い雪のようなもの。それは地表に降り立ち、餌をついばむ灰色の鳥の口から体内に入りこんでいった。鳥は一旦動きを止め、しばらくして倒れこむ。思った以上に早く腐敗しはじめ・・。その鳥は体をムクリと起こした。俺は手首にある転送装置より早く掌の中に微生物誘導捕獲装置、透明で丸い物体メーブを呼び寄せる。そして、その鳥が飛びあがるその瞬間に鳥に向けて(メーブ)を投げつけた。鳥の体は粉々に砕け散り、腐敗した肉片が辺りに飛び散る。行き場を失い宙に浮いたままのイエロークロス。途方にくれていたように見えたが、すぐさまメーブの誘導装置を嗅ぎ付けたらしく勢いよくメーブの中に入りこんでいった。イエロークロスが入った微生物誘導捕獲装置(メーブ)に近づき、それを拾い上げて中身の触角を見る。その色は・・黄色。本体、リテラ体から分裂したエラ体だ。そう都合よく、本体が目の前に下りてくることは・・ない・・か。
「エラ体。一匹捕獲。・・しょう・・。」
メーブに、取りこんだ中身を消せと言おうとした・・その時。イエロークロスの触覚がもそもそと動き、触角の色が変化した。・・・。
「・・え?」
目を疑う。太陽の光に惑わされたかと思いつつ、よく目を凝らしメーブの中身を見るが、やはり触角の色が違う。赤でも、黄色でもない。身間違えようにも難しい。
「く・・黒い・・・。」
「え?ユー、どうしたんだよ。」
「黒い。」
「何が?」
「触覚・・。腐袋が・・黒い。」
一瞬。キースからの通信が途絶えた。こんなこと今まで起こり得なかった。太陽系というものにこの微生物が入りこんだことは今までないが、そのせいで突然変異を起こしたのだとしたら・・。俺はすぐさまメーブを本部に転送し、途方にくれつつ空を見上げた。リテラ体が分裂した数は四体。その一体を捕獲したため、残る数は三体。その全てが突然変異を起こし、何らかの変化が現れたとしたら・・。漠然とだが、不安が過る。
「ユー。メーブ転送確認。なるべく早く調べるから。」
「急いでくれよ。手っ取り早く終わらせて早く帰りたい。」
「そうしたいのは山々なんだけどね。他の星に到達した奴らも変異体が確認されてるんだ。こっちも忙しいし・・っ。ぅあああっ。」
キースは突如叫び声をあげ、通信は切れてしまった・・・。
「・・他にも・・変異体・・ねぇ・・。」
嫌な不安を振り払うように、俺は頭を振った。