ぎらぎらと太陽の照る街を途方も無く歩きつづけた。不思議と似たような人種の多い街。ちらほら顔立ちの違う人がいるように思えたが、髪の色も肌の色も、目の色も、それほど激しく違うようにも見えなかった。
 日が陰りつつある。だが、人通りが減ることはない。街中に溢れている文字を読むことは出来ないが、昔見たことのあるような、横長の物が幾つも連なった機械・・。汽車、列車・・といったか・・。一度乗ったことのあるものが見え、俺は何故かその方向に歩き出していた。広いような、狭いような無機質な建物の中に入り行き交う人の流れを見る。荷物を手にいっぱい持った人々が、何故かある壁に向かって何かをして通りすぎていき、ゲートのようなものを通り抜けていく。選ばれた人なのだろう。不意にそう思い引き返そうと身を翻すと人にぶつかった。その人は地面に尻餅をついたが、隣にいた人間が゛鈍いなー゛と笑う。人の流れを逆流しようとした俺が悪いのだから、俺は転んでしまった彼に手を伸ばした。
「すまない。怪我はないか・・?」
俺の言う言葉はたぶん、日本語というものに翻訳されているのだろう。転んだ彼は自分で立ち上がると、ぽんぽんと両手で尻を叩いて埃を落とした。
「ああ、大丈夫。」
そう言い、彼は俺を見上げ・・。何故か、ギョッとした。
「やべっ。俺、英語苦手なんだよなぁ・・。哉太・・。」
目の前の彼はふと、先ほど笑った隣の人物を眺め、隣の彼は小刻みに首を振る。俺の言葉はちゃんと翻訳されていないのだろうか・・。英語とは・・なんだろう。
「俺の言葉は通じないのか?」
「・・あれ?日本語じゃん。大丈夫、通じてますよ。」
まだ少し幼い彼はにっこりと微笑んだ。短めの黒い髪に、黒い大きな瞳。背は低く細身の体。隣の彼は、目の前の彼より少し背が高いが、赤い長い髪を後ろで束ねている。同じ人種だろうか・・・?
「ちょっと尋ねていいか?」
「はい?」
「俺はあれに乗りたい。どうすればいい。」
俺はゲートの向こうに走っているだろう横長のものの方を指を指した。
「え。・・あ、ああ。電車に乗るには・・。」
「春珈、そんな奴駅員に任せりゃいいんだよ。行こうぜ。」
赤い髪の人間はそう、黒髪の彼の腕を取り歩き出す。黒髪の彼は俺から見て右方向に指を指しながら引きずられて行ったが、ゲート近くで身を翻し、ゲートを通りぬけて一度振り向いた。彼はまた、右方向を指差す。あちらに行けということだろう。俺は軽く彼に手を振ると、言われた通りに歩き出した。同じ服を着た集団がいたのであれがここの管理局の係員かと思ったが、何処に行きたいか、と尋ねられて困った。取り敢えず適当な場所を指差したが、そこに行くには600円というものがかかると言われ・・。俺は面倒になってその場所を離れた。先程の木々が生い茂る場所に戻り、さっき腰掛けた場所に腰を下ろす。もう日はすっかり落ちて辺りは暗いが、ポツポツと点在している外灯の明かりがつきはじめ、寂しさを強調させているように思えた。
「キース。600円って、なんだ。」
ふと、独り言のように呟いてみた。
「へ?何それ。600円?」
即座に答えが返ってきた事に、少し驚いたが、返事をするより早くキースらの会話が聞こえ始めた。「きっと通貨よ。」そう、ギリツの声が聞こえる。アスピスア星団の一つの星ではそう言う風習があるそうだ。物と、交換するもの。単位は違っても昔、俺が使ったことがあるはず。そう話す声が聞こえてくる。
「さぁ。物心つく前に母親はいなかったし、父親はずっと空を見上げてたからなぁ。」
帰りたい。彼はいつもそれしか言わなかったし、迎えにきた船の中で彼は死んだ。俺が持つ地球の記憶なんて、ゴミより役に立たない。
「それより、他のイエロークロスの情報は?あの、変異体の・・。」
「それがまだ解析中。なんせ。遠すぎるんだよ。地球は。」
通信機に雑音が入り・・。通信は切れてしまった。転送確認はもう随分前に済ませたはずだ。到着時間にずれがあるわけじゃないし、変異体の確認だって取れてる。母星と地球の距離感が何の障害になるんだ・・・?
 途方に暮れつつ空を見上げてみた。そろそろ眠くなった。ベッドに入りたいが、・・通貨って奴がいるなら今は無理だな。ぼんやりと空を見上げ・・。何かが頬に当たった。それを手で拭うと、手の甲の上に水がつく。
「・・水・・?」
呟くより早く、その水滴の量が増していく。これ・・何て言ったっけ・・。記憶を巡らせているあいだに、それは視界を奪うほど降り注いだ。暖かい日に降り注いだ奴だ。
「・・雨・・?」
体がずぶ濡れになっていく。濡れる・・。とても久しぶりの感覚だ。母星、ローグではあめ、水は降らない。水自体が殆どない。何かとても、喜ばしいように感じた。豊富に水が溢れる、地球という星。外交が進めば、どれだけ豊かになるだろうか。俺は目を閉じ、水滴が落ちる音と水の感触に浸っていたが、眠る場所を確保しなければならない。このベンチに寝転がって眠ろうとも思ったのだが、大荷物を抱えた老人がやってきて「ここは俺の場所だ」と言い張り、俺はその場を追い出されてしまった。雨に濡れ、眠たい衝動に駆られながら重たくなっていく足を動かす。もう、何処でもいい。車が通らず、煩い喧騒から離れた場所なら何処でもいい。ふらふらとさ迷っている間に、雨は止んだ。それに、静かな場所にきた。誂えたように、短い下草が生い茂る拓けた場所があり、ここには先約もいない。俺はすぐその草の上に寝転がり・・・。すぐ眠りの淵に誘われていった。

 何かざわめきが聞こえる。キースの通信かと思いもしたが、思い過ごしのようだったので俺は寝返りを打った。仰向けになると太陽光が眩しく、すぐに光を避けて体を動かしたが何か硬いものに頭を打ち付けて目が覚めた。俺の頭に当たったのは太い樹の幹だ。それも、とても硬い・・。
「おいっ。春珈ッ。放っとけって。」
ざわめきの中、一番大きな声がそう叫んだ。ぼんやりとぶつけた頭を撫でながら体を起こし、樹の幹に体を預ける。まだ、眠り足りない・・・。
「なあ、立って。」
「・・は?」
俺に向けられた言葉のようで、思わず返事をした。寝ぼけ眼を開けるが、視界の中に人影は無い。
「は、じゃない。ここは眠る所じゃ無いんだよ。ちょっと来て。」
有無を言わさず・・。とはこのことか。腕を掴まれ、引き上げられたかと思うとそのまま何処かに連れて行かされた。ある建物の中の一室に連れこまれ、そこでようやく手を離してもらった。目の前には小さな少年が溜息を吐きながら頭を振っている。何処かで見たことがあるような少年だ。
「電車、乗れなかったんですか?」
「・・ん?」
そういわれ、よくよく彼の顔をみて気がついた。昨日、俺にぶつかった人だ。
「ん・・。あ、ああ。よく分からなかったから。」
「分からないからって・・。ずぶ濡れのまま芝の上で寝てたの?宿は?」
「宿・・?」
彼は何か思いを馳せるかのように目を泳がせたあと、「ホテル」。そう言いきった。そう言われてもその単語は分からない。
「もう・・。じゃあ、その濡れた服脱いで。干せばすぐ乾くよ。それと・・。」
彼は自分が持っていた鞄の中を探り、丸みを帯びた細長い形状の透明フィルムに包まれたものを俺の前に差し出した。
「腹減ってるだろ?これ食べて。俺は講義があるから行くけど、ここに居て。」
「・・これ、何だ?」
「何って・・。パンだよ。ヤキソバパン。ほらっ。」
彼は俺の手を掴んで、そのなんとかパン、というものを俺の手の中に置いた。たぶん、食べるものなのだろう。握ると柔らかい。
「服。脱いだらそこに干して。いい?分かった?」
「ん・・。あ、ああ。」
少し早口に言われ、中途半端に聞き入れた。口裏を合わせるように返事をしつつ数回頷く。
「ここに居てよ。あとで、道案内するから。」
「春珈、いつまでそんな奴にかまってるんだよ。講義始まるぞ。」
俺の後ろでそんな声がし、俺の目の前にいる小さな彼はわかってる。と声をあげた。
「哉太、先行ってて。」
「春珈ぁ・・?」
「すぐ行くってば。」
小さな彼は、鞄を掴むとそれを肩にかけ、俺の横をすり抜けるようにして部屋を出ていった。部屋の中には、丸められた布団があり・・・。俺はその布団に誘われ、布団の上に寝転がった。ヤキソバパンというものを握り締めながら・・・・・・。