どのくらい眠っていたのか。目覚めて、煙草を一本口にくわえていつものように火をつけると煙を思いきり吸いこんで吐き出した。改めてこの部屋の中を見まわす。乳白色に塗られた壁は少し汚れているようだが、その壁一面に何か絵のようなものが飾られていてその1枚1枚をぼんやりと眺めた。その1枚は黄色い丸いものが中心にあり、何重かに弧を描いて白い線がある。大小様々な、色とりどりの丸いものがその線上に一つづつあり、何か文字が書かれているが文字は読めない。じっとソレを見つめながら煙草をふかしていたが、ふと、目の前に筒型の物を出されて思わず手に取った。
「灰は床に落とさない。マナーは守らないと。」
ソレを差し出したのは顔に丸いものをかけた青年だった。
「君、見かけないけどサークル希望者?歓迎するよ、僕は久住。」
久住。そう名乗る彼はにっこり微笑むと俺が見ていた絵を見つめた。
「太陽系・・好き?」
「たいよう・・けい・・。」
俺はその中の青い丸を指差した。
「これは?」
「地球だよ。これが太陽。太陽の周りを公転している惑星達を太陽系って呼ぶんだ。こういうの見るの始めて?」
「・・ああ。紙に描かれているものは始めて見る。これらの資料はある?」
「勿論。」
彼はすぐさまいくつかある机の一つに向かい、ファイルを持ってきた。それを開き、「ここ」と指差す。太陽の写真があり、その詳細がかかれているらしい文字を見るがやはり文字は読めない。文字を読むツールを作るべきだな。
「すまないが・・。読んでくれ。」
「え?それ、英語だよ。君は英語圏の人じゃないのか?フランス人?」
久住は首を傾げつつファイルを手に取るとその英語。というものを読み始めた。読んでくれたものは直ぐに翻訳されて意味がわかるようになる。彼が読んでくれたものは、俺達の持つ惑星資料の何千万分の一の僅かなデータで、地球人はまだ宇宙に対する文明は未開発、と分かった程度だ。
「ありがとう。もういいよ。」
「そ、そう?」
彼は何故かほっとしたような安堵の表情を見せた。ファイルを俺に渡すと、彼は鞄から本を出して開く。ファイルを開いて見ても文字が読めないので机に置いた。
「なあ。ここには幾つ言葉があるんだ?」
「へ?幾つって・・・。うーん。国があるのと同じくらいあるんじゃ・・。ってさ、君は何でそんなことを聞くんだ?まるで他の星から来たような・・。」
彼の言葉はあっている。が、そんなこと゛本当だ゛とは言えない。
「何処から来たんだ?」
「ん・・・。文明の発達してない所。」
「それ、何処?」
「・・。」
困った。取り敢えずあらぬ方向を指差し、彼が首を傾げている際に部屋を出ようとしたら腕を掴まれた。
「ちょっと待てよ。まさか、不法入国してきたんじゃないよな?名前は?」
不法入国しました。入国、というより・・。俺は宇宙から来ました。何て言えるわけ無いじゃないか。この名前だってあっていいのか悪いのか分からないし・・。
「言葉、通じてるよな・・。誤魔化すなよ。」
久住にじっと睨まれ、俺は視線を合わせないよう努力した。その間、何分か。建物中に何か大きな音がして、すぐにざわめきが聞こえ始めた。それに気が逸れてくれれば・・なんて考えは甘く、彼はじっと俺を見据えている。人でも呼ばれて騒ぎになるのは避けたいが、彼に暴力を振るうのも気が引ける。それに、あの親切な彼はここに居ろと言っていたし・・。
「名前くらい言えよ。」
「・・。」
「おいっ!」
突然怒鳴られ・・。俺は溜息をついた。どうしたらいいんだろう・・。
「はーるーかー。あんな奴放っておけってば。」
「困ってるんだよ、助けるのがスジだろう?」
そんな会話が聞こえ、部屋のドアが開く。あの、親切な彼と赤い髪の彼が部屋に入ってきて、久住は彼らのほうに近づいていった。が、親切な彼はそれをすり抜けて俺の前に立つ。
「パン、食べた?」
「え・・・?」
「ぱん。朝、あげたやつ。」
「あ・・ああ。」
そういわれ、寝ていた場所を探るとペッタンコに平たくなった何とかパンが出てきた。
「あった。」
「・・この上で寝たの・・?服も乾かしてないじゃん。」
彼は大げさに溜息をついて両肩を軽く持ち上げた。
「春珈、そいつおかしいよ。名前も言わないし。」
「語学力の問題だろ?たぶん、留学生かなんかだよ。」
「変な外人。」
赤い髪の彼がはき捨てる。
「哉太ッ。」
親切な彼は、たぶん春珈という名前。赤い髪の人は哉太という名前。春珈は彼方を怒り、手に持っていた鞄を彼に投げつけた。
「ねぇ、名前は?」
春珈が聞く。・・また、か・・。困った・・。まったく。
「・・ユーリアス・・・。」
仕方なく、ぽそっと呟いてみた。
「ユーリ?俺は春珈。えっと・・。取り敢えず、腹へって無いか?」
「・・腹?」
「あ・・ああ・・。空腹?」
「いいや。・・」
(ユー。現地人と交流を図ってる場合じゃないってば。)
キースから通信が入り、腕の時計を見やると探査機がピコピコと反応を示している。・・近いな。
「春珈。これ、返す。回りを見渡せる高い場所に出たい。どうすればいい。」
「え、あ?えっと・・。屋上に行けば取り敢えず高いけど・・。」
「どう行けばいい。」
「ん・・。こっち。」
春珈はそう言うと歩き出す。俺もそれに続いて歩き、建物内をぐるぐると巡り階段を何度か上がって扉を抜けた。コンクリートに敷き詰められた拾い場所に出る。回りの景色をぐるりと見渡し、直感で方向を確認した。
「ちょ、ちょっと。どうしたんだよ。」
「ん?何にも無いよ。危険_からついてこないで。」
「え?」
金網で仕切られた塀を飛び越え、屋上から飛び降りようとしたら服を掴まれた。
「危ないのはどっちだよ!!ここは六階だ!!」
「大丈夫だよ。手、離して。」
「駄目!!」
金網の向こうから手を差し入れた春珈の手は、赤い血が滲んでいる。咄嗟のことで何処かに引っ掛けたのだろうか。その手に触れ、掴んでいた服を放させる。俺達が出てきたドアが開き、哉太と久住が現れ駆け寄るのが見えた。
「ユーリ・・・?」
春珈がか細い声で俺の名を呼ぶ。不安に押しつぶされそうな表情。だけど、二人がこの金網に辿りつき、俺の服を掴む前にこの場を去りたかった。彼の手を放し、身を翻さずそのまま後ろに倒れ・・・。
「ユーリ!!!」
春珈の叫び声。ビル風に煽られながらクルリと体を回し、地に足をつけた。
(ユー。右方向。黒い動物を探して。中に入った。)
「了解。」
キースの声にそう返し、言われた通り右に走った。ふと、屋上を見るとしゃがみこんでいる春珈と立ち竦んでいる二人が見え、軽く手を振った。